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2006年1月27日 (金)

紅梅

庭の片隅に、小さな小さな梅の木がある。何年前か定かでないが、小国神社の参道で買ってきた。あまり大きくならないが、この時季になると、小さな蕾も膨らみ、色も濃くなってくる。鮮やかな紅色が美しい。春もちかい。
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2006年1月18日 (水)

コハクチョウ

馬込川にコハクチョウが飛来したと知人から聞いたので、早速出かけてみた。
十軒橋をはさみ、その上流と下流にコハクチョウの群れを発見。
羽が少し灰色がかった幼鳥も混じりマガモと一緒に浮かんだり、餌を探したりしていた。
コハクチョウも羽を休める程に馬込川もきれいになった証だろう。
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2006年1月16日 (月)

蝋梅の花・アメリカヤマボウシ

久しぶりにフラワーパークに出かけた。
この時季に咲く花は少ないが、新春の花ともいえる「蝋梅」が東側の斜面に咲いていた。近づくと甘くて心地よい香が漂い、輝く花びらが素晴らしかった。
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その近くの「アメリカヤマボウシ」の真っ赤に熟した実はとっても美しかった。
春の新緑、花、秋は紅葉と年中楽しませてくれるとのことです。
明治45年に日本はアメリカ・ワシントン州にサクラの苗木を贈った。そのお礼に送られた花がこの種類の木だそうです。
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2006年1月12日 (木)

二川宿本陣

今日(1月12日)豊橋からの帰路、二川にある復元・改修された二川宿本陣と本陣資料館を見てきた。

本陣は江戸時代に大名・公家・幕府役人などの身分の高い人々が宿泊したり休憩する施設であり、参勤交代制度が始まったころから整備された。
大名の宿泊施設として利用されるようになると建物が書院造で門と玄関を備え、上段の間を有する広大な規模となった。
二川宿本陣の経営は後藤家・紅林家そして馬場家へ代わり明治維新まで続いた。

明治になり本陣が廃止となり、馬場家も以降は醸造業を営むようになったと云う。
また、馬場家から土地と建物を寄付された豊橋市は改修復原工事により主屋・玄関棟・書院棟・土蔵等を江戸時代の姿に復原し、併せて関連資料を展示する二川宿本陣資料館を建設した。「本陣間取図」

二川が江戸時代には東海道53次の、江戸日本橋から数えて33番目の宿場町として栄えた往時の姿を見たおもいである。
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     二川宿本陣               表門               式台

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       玄関               上段の間              東土蔵

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2006年1月11日 (水)

小国神社

正月も終わり、今日は鏡開き。
日曜日(1月15日)の「どんど焼き」に間に合うように正月に飾った締め飾りとかお札等を納めに小国神社へ。参拝者は思っていたより多く賑やかであった。
参道の杉の木と木の間には季節外れのチジレタ紅葉が日ざしをうけ紅く輝いていた。
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2006年1月 3日 (火)

赤池山白華寺

正月3日初詣をかね、同じ町内(浜松市上島)の赤池山白華寺へお参りに出かけた。
朱の鮮やかな薬師堂のなかは天井から「赤池山」と書かれた大きな提灯が吊り下がり、格天井には、美しい花鳥図が描かれている。
このお寺は天竜川を渡る旅人や周辺の住人の安全を守るために建立された。昔の天竜川の流れは広大で、磐田(岩田)から浜松北部にかけては海であり、渡海の旅人の安全を脅かしていたという。当初は真言宗の寺であり六ヶ寺を有していたが明治時代に黄檗宗に改宗された。
薬師堂の横には東征で有名な坂上田村麻呂将軍と“赤蛇”との間にできた子どもの話など、寺の由来が記されている。
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