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2006年6月24日 (土)

花しょうぶ

梅雨空に鮮やかな彩りを添えてくれる花、「しょうぶ」を見に森町 小国神社に出かけた。
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門前の一宮花しょうぶ園内には130余種の花菖蒲が今を盛りと咲き乱れいた。
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もともとは小国神社境内内に散在していた野生の花菖蒲を集め品種を多様化したものだそうです。

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2006年6月22日 (木)

寿福寺

A_dsc02393 海蔵寺をあとにして、JR横須賀線の線路に沿って鎌倉へ向け歩いて行くと、右手に英勝寺(えいしょうじ)が見えてきた。境内は太田道灌(どうかん)の屋敷跡。道灌の子孫で徳川家康の側室だったお勝の方(英勝尼・えいしょうに)が寛永13年(1636)創建したお寺であり、現存する鎌倉では唯一の尼寺だ。

その隣が寿福寺。鎌倉五山第三位の臨済宗建長寺派のお寺だ。境内を拝観できないお寺だったが、境内裏手の墓地には、大佛次郎や高浜虚子の墓地、さらにその奥には、北条政子と源実朝の墓と伝わるやぐらがあるとのことだ。

B_dsc02396_3 さらに鎌倉駅に向かって歩くと小町通りにいたる。源頼朝ゆかりの鶴岡八幡宮でお参り。
義経を慕う静御前が、源頼朝夫妻の面前で 舞を舞った舞殿は工事中だったので見ることはできなかった。

 

北鎌倉 禅の古刹と花めぐりを終わり帰路へ。

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2006年6月19日 (月)

海蔵寺

明月院を後にして鎌倉街道を鎌倉に向かい10分程歩くと亀ヶ谷(かめがやつ)切通し入口へ至る。「亀も登れないほどの急坂」ということで亀ヶ谷坂という名がついたこの切通し、現在は舗装されていて、それほど険しい坂ではない。
昔はもっと本当に急な坂だったらしい。(「切通し」とは、山を人工的に切り崩して通りやすG_dsc02357_4 くした道のこと)
峠からは一気に下る。この下り坂の方が急だ。下り切ると平坦な道になる。やがて多角形をしたお堂が現れる。岩舟(いわふね)地蔵堂である。このお堂の中には木彫りの地蔵 が祀(まつ)られている。
源頼朝の長女大姫(おおひめ)は、恋人である源義仲の長男、義高を父である頼朝に殺されてしまう。そしてそのことを知った大姫は自らも命を絶ってしまう。
地蔵は哀れな生涯を終えた大姫の守り本尊ではないかと言われている。
この地蔵堂のところで道は左右に分かれる。右にまっすぐに歩いていけば海蔵寺である。

海蔵寺は臨済宗建長寺派のお寺で、応永元年(1394)上杉氏定(うじさだ)によって創建されたお寺だ。(写真クリックで拡大
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        山門                鐘楼             海蔵寺本堂

入り口の階段をハギの木が覆い尽くている。この時季はガクアジサイ・アワモリショウマ・ショウブ・イワタバコなどたくさんの花が寺内で楽しめた。
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      ガクアジサイ        アワモリショウマ         山門脇のハギ

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       ショウブ             アジサイ            イワタバコ

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弘法大師ゆかりの「十六の井」はお寺からちょっとだけ離れた場所にある。洞穴の中にポコポコと4列ずつ16個のくぼみが並んでいて、清水をたたえている。

      

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2006年6月17日 (土)

明月院

境内には約2500株が植えられて、別名、紫陽花寺とも呼ばれている。
八割から九割が日本古来からの品種の「姫あじさい」で、空や海の色のように淡い青から、深い青に日ごとに濃くなっていくとのこと。明月院では意図的に青色を中心にしているそうです。

山門へと続く、鎌倉石の参道、この両脇にあじさいが咲き乱れる...
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総門を入り左の参堂を進むと、道の突き当たり左に北条時頼の墓所がある。
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本堂の’方丈’に着くと、有名な丸窓前には大勢の人...丸窓ごしに見た菖蒲園
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さらに奥に入ったところにある宗猷堂(開山堂・そうゆうどう)。堂内には明月院を開山した密室守厳禅師の木造が安置されている。
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明月院の参道奥の岩肌にも「イワタバコ」が咲いていた。

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2006年6月16日 (金)

東慶寺

鎌倉街道沿いの東慶寺は現在は男僧の寺であるが、明治36年までは代々尼寺であった。後醍醐天皇の皇女用堂尼が5世住持として入寺してから当寺は地名をとって「松ヶ岡御所」と称せられ、格式の高さを誇った。

東慶寺は江戸時代、夫と縁が切りたい女性が駆け込み当寺で3年の間修行した。その後に離婚が認められるという幕府公認の「縁切寺」「駆け込み寺」として多くの女性が東慶寺を目指したという。
(写真をクリックすると拡大)
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山門                    茅葺きの鐘楼

境内にはアジサイ、ショウブが、参道脇の岸壁には「イワタバコ」のなどの花が美しい姿を見せている。
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         イワタバコ                   境内のショウブ

また、参道奥の墓地は西田幾多郎、鈴木大拙、高見順ら多くの文人が眠っている。

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2006年6月15日 (木)

浄智寺

梅雨空の中、北鎌倉の古刹を訪れた。

浄智寺が建立された13世紀の終わりごろは、北条氏の勢力が極めて盛大で禅宗が栄えた時期であった。戦国時代以降、鎌倉の寺院の多くも次第にその繁栄ぶりを失い、更に大正12年の関東大震災でほとんど倒壊した。
現在は三門や二階に鐘をさげた楼門や新しい仏殿の曇華殿などが伽藍を形造っている。
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鎌倉街道を折れ、少し進むとすぐに、小さな門が見えた。「寶所在近」と書かれた額の掛かった総門が建っていた。

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参道入口の「甘露の井」とガクアジサイ

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二階に鐘楼のある構造。ここには「山居幽勝(さんきょゆうしょう)」の額がある。銅鐘は1340年に作られた古いものだとか。

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曇華殿(どんげでん)と呼ばれ中には室町時代に作られたという、「三世仏座像」(阿弥陀仏、釈迦如来、弥勒菩薩)が安置されていた。夫々「過去・現在・未来」を意味しているという。

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2006年6月12日 (月)

梅雨に映える花

静岡県は平年より3日程早く梅雨入りし、うっとうしい日が続くこの頃だが、
梅雨空の下、小さな庭の紫陽花や白百合が雨に濡れ美しく輝いている。
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2006年6月 7日 (水)

ノハナショウブ

良い天気に誘われて、葦毛湿原へ。

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湿原に入ると「ノハナショウブ」が出迎えてくれた。園芸用の菖蒲と異なりその可憐さは格別。
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日当たりの良い湿地のあちこちに「モウセンゴケ」が生えていた。葉は根生し基部はくびれて長い柄がある。まもなく直径1cm位の白い花を付ける。
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2週間前にも「トキソウ」を見たが、今日も見ることができた。葦毛でも絶滅が心配されている。美しく、優しい感じがするこの花をいつまでも残していきたいものだ。
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