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2007年10月30日 (火)

大福寺の半歳桜(はんとしざくら)

桜といえば、春に咲くイメージだが、瑠璃山大福寺境内には、秋から春にかけて半年近く咲く桜がある。 (写真をクリックで拡大)
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やや小ぶりの花で、チラホラ咲いては消え、また咲いては消える淡いピンク色の冬桜である。
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今が見ごろのようだ。

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2007年10月28日 (日)

ホトトギス

浜北森林公園・親水公園の木々も大分色付き、アカトンボも飛び交い秋一色だ。
(写真をクリックで拡大)
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公園の散策路を進むとすぐ、エンシュウハグマが一輪。さらに奥へと進むにつれ、「ホトトギス」が今を盛りとばかりに咲いていた。
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                 コウヤボウキ                                             ホトトギス

池の周には、ノコンギク、サワシロギク、ワレモコウ、サワヒヨドリなどが咲いていた。
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      ノコンギク            サワシロギク            ワレモコウ

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    サワヒヨドリ             ミズギボシ              マアザミ

今回この公園で湿原に咲く草花を数多く見ることができるとは思いもよらなかった。
まもなく、森の木々もさらに美しく紅葉するだろう。

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2007年10月24日 (水)

出羽三山神社

山寺(立石寺)参拝の前日、出羽三山神社を訪れた。
神社の島居前に着いたのは、日が沈みかけたころ。急いで随神門をくぐり杉が林立する下り坂の参拝参道を進み、祓川に掛かる赤い神橋を渡った。右に祓川神社と須賀の滝が見えた。 (写真をクリックで拡大)
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      表参道島居                          随神門

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       祓川に掛かる神橋                      須賀の滝  

少し進むと左に天然記念物に指定されている爺杉(樹齢1000年以上)と,国宝の五重塔(平将門が1060建立)が表れた。
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      爺杉(樹齢1000年以上)             国宝の五重塔(平将門建立)

さらに参道を1.7Kmほど進めば、頂上に出るのだが、今回は、島居まで戻り、バスで羽黒山頂上へ。山伏に案内され赤い島居をくぐり三神合祭殿へ進み参拝。
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       山頂の赤い島居                         山伏

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          三神合祭殿                   鐘楼と建治の大鐘


資料によると、
赤い島居をくぐると、国指定重要文化財の三神合祭殿がある。茅葺木造建造物として日本では最大の大きさを誇り、月山、羽黒山、湯殿山の神々が祀られている。度重なる火災にあったが現在の社殿は文政元年の再建である。・・・・
鏡池の東側に建つ切妻造り茅葺の建物が鐘楼である。最上家信の寄進によって元和四年に再建された。鐘は建治元年の銘があり、古さと大きさで日本有数の古鐘であり、鐘楼と共に国の重要文化財に指定されている。

とある。

参拝を終えた頃は、すっかり夜のとばりが降りて、深閑とした雰囲気が漂っていた。

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2007年10月18日 (木)

キセルアザミ

一ヶ月ぶりに葦毛湿原へ出かけた。湿原にも秋の気配が・・・。一ヶ月前はキセルアザミ(マアザミ)は疎らであったが、今日は一斉に咲いていた。花には蝶や蜂が蜜を求めて飛び交っていた。  (写真をクリックで拡大)
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スイランの黄色がひときわ鮮やかで美しかった。シラタマホシクサ、イワショウブもそろそろ終わりに近いようだ。
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       スイラン          シラタマホシクサ           イワショウブ

湿原の花が終わる季節をむかえる前に、もう一度訪れようと思っている。

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2007年10月16日 (火)

山寺

山寺(宝珠山立石寺)に出かけた。
登山口を登るとすぐに豪壮な建物の前に出た。ブナ材の建築物としては、日本最古の重要文化財の根本中堂だ。少し進むと、芭蕉と曾良のブロンズ像。その間に「閑さや・・・・」の句碑があった。 (写真をクリックで拡大)
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           根本中堂                   芭蕉像 

山門を入り、いよいよ参道へ。山門から初めてのお堂は小さな姥堂。堂には、三途の川で死者から着物を奪い取る奪衣婆が安置されており、姥堂から下は地獄、上は極楽口にあたるとのこと。
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            山門                             姥堂

参道を進むと岩に刻まれた岩塔婆があちこちに見られ、死者の霊が帰る山として、信仰の深さを物語っていた。
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        参道           弥陀洞と仁王門              百丈岩

参道脇の弥陀洞を拝し、目の前の仁王門へ向かった。さらに急な石段を登りつめた所に、奥の院があった。
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       弥陀洞              仁王門                奥の院

奥の院をあとにして、胎内堂を眺め、右手に進むと百丈岩の上に建つ納経堂、開山堂、五大堂に出た。
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       胎内堂        納経堂・開山堂・五大堂            開山堂

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   五大堂からの眺め          五大堂             五大堂左側から 

五大堂からの眺めは素晴らしく、急ぎ参拝してきた疲れを癒してくれた。

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2007年10月11日 (木)

秋葉神社 上社

秋葉神社上社は、標高885mの山頂にあり、秋葉神社の総本社格である神社だ。
西鹿島駅から上社へ、10月から1月まで、日曜日に一往復バスが運行される(特定の日は2往復ある)。このバスを利用し、初めて訪れた。 (写真をクリックで拡大)
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       大鳥居                参道            参道(階段)

駐車場から頂上までは、常夜灯がある階段の道と坂道があった。しばらく行くと、立派な神門が見えた。神門は神社および秋葉山の杉材を使用し、4年掛け完成したと云う。
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        常夜灯                             神門

さらに石段を上ると本殿前に出た。天気が良ければ、浜名湖や、太平洋の遠州灘を一望することができたのに・・・・・。
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     金色の鳥居               本殿           本殿下方の神楽殿
 
秋葉山の頂には金色の鳥居と、一段高い石垣の上に本殿が建っていた。しかし、大きなコンクリート造りの建物だったので、いささか風情がないように思われた。
本殿の下方に建つ素木の神楽殿は12月16日夜、「防火祭」で古式豊かに営まれる三舞の神事の舞台となるところだ。また、ジュビロ磐田の必勝祈願の大きな絵馬が飾ってあった。

本殿脇の「東海自然歩道」を少し下ると、昭和18年、秋葉神社の大火で、唯一消失を免れた随神門があった。(江戸時代の建築物)
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     大火を免れた随神門                                                  随神門

参道の脇には、色々な山野草が咲いていた。
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秋が深まる頃は、参拝する人と、紅葉を見に来る人で、賑うことだろう。

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2007年10月 5日 (金)

静岡 臨済寺

家康が最初に駿府の地に入ったのは、8歳(竹千代)のとき。駿府の今川義元に人質として預けられた。その人質生活を送ったのが、賤機山の麓にたたずむ臨済寺だ。竹千代は、今川家の軍師でもあった住職の太原雪斉に教えを受け、思慮深い若者へと成長した。 (写真をクリックで拡大)
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         山門(仁王門)                        仁王像

山門前の説明には
臨済寺は、今川義元の兄氏輝の菩提寺で、義元の軍師太原雪斉長老が、師の大休禅師を迎え開山した。雪斉は、今川義元の執権職として、帷幕(軍議する場所)に縦横の機智を振るった人である。義元が、駿、遠、三の太守として東海に勇を振るったのも、雪斉の力によるところ大で、この時代がまた、今川家の最盛期でもあった。
徳川家康は、竹千代時代の天文18年(1549年)8歳の時から、今川家の人質としての12年間、この太原雪斉から文武両道を学んだのである。後年、家康が天下を治め徳川300年の基礎をつくった素地は、この幼年時代に培われたといえる。
雪斉は弘治元年(1555年)10月10日、60歳でこの世を去った。雪斉の没後5年の永禄3年5月、桶狭間の合戦で義元が敗死すると、今川家の勢力は急激に衰えやがて滅亡する。今川家は雪斉によって興り雪斉を失って衰亡したといえる。
境内墓地の最上段には、氏輝公と雪斉長老の墓がある。
主な文化財 庭  園(国の指定名園)
            大方丈 (国の重要文化財)

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     本堂に登る鬼階段と鐘楼                    本堂(方丈)

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     平成9年完成の新仏殿                    境内からの山門

歴史的由緒ある臨済寺を訪れたのは9月末。この寺は修行寺のため、参拝は方丈前までしかできなかった。

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