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2007年12月30日 (日)

薩堙峠(さったとうげ)

暮れも押しつまった12月27日、薩堙峠からの富士山をみたくて、再び由比の町を訪れた。由比駅より一気に峠の展望台へ・・・。峠からは、広重の絵とほとんど同じ風景が広がり、素晴らしい富士の眺めであった。 (写真をクリックで拡大)
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峠から降りる途中、桜海老料理の老舗「くらさわや」に寄り、一息。ここの地区名も「倉沢」といい、その昔、東海道沿いの宿場として栄えたところ。
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     桜海老料理老舗くらさわや                    桜えびの商店

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        古い街並み                         あかりの博物館

倉沢から興津にぬける薩堙峠は、海岸から切り立った険しい山中を通る難所で、現在も昔の面影を残す街並みがのこっていた。

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2007年12月25日 (火)

久能山表参道

夏はロープウェイを使い久能山東照宮を訪ねた。今回は久能山の急斜面に作られたつづら折り1159段の表参道を登った。途中眼下には、久能海岸に広がる石垣いちごのビニールハウスや穏やな駿河湾を眺望できた。 (写真をクリックで拡大)
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  表参道一の鳥居         つづら折の石段           駿河湾

石段を登りきると、かつて武田信玄の築いた久能山城の大手門であった一ノ門が現れた。門をくぐると、江戸時代久能山の門を守る与力がいた番所、門衛所が復元解体修理され保存されいた。さらに進むと、信玄が、軍師山本勘介に掘らせたと伝えられる勘介井戸が見られた。
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     一ノ門              門衛所           勘介井戸

久能山城は天正10年(1582)、武田氏滅亡後は徳川家康の持ち城となり、元和2年(1616年)に家康が駿府城で息を引き取ると、その遺言によって久能山城を廃して、新たに東照宮の神殿と墓を建造した。

先回、見れなかった楼門は改修を終えていた。
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           楼門(表)                        楼門(裏)   

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   楼門の随身像            楼門の随身像           五重の塔跡

楼門の奥、参道左手に五重塔跡。3代将軍家光公の命により建立され、高さ約30Mあったという 五重塔は輪奐の美を極めたものといわれているが、明治6年に取払われ、現在は在りし日を偲ぶ礎、敷石を元のまま 残すのみであった。

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2007年12月17日 (月)

秋葉寺(しゅうようじ)

秋葉山には、秋葉神社と秋葉寺とがある。
明治以前は秋葉大権現として秋葉社と秋葉寺の両方が存在する両部神道であった。
しかし、明治初年の神仏分離により秋葉神社の別当・秋葉寺は廃寺となったが、信徒の強い要望によって、明治13年再建された。現在は、秋葉神社上社は秋葉山の山頂にあり、曹洞宗の秋葉寺は秋葉山の中腹の杉平にある。 (写真をクリックで拡大)
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         秋葉寺山門               火渡りの準備のできた秋葉寺境内

秋葉寺から1km程上にある随神門は、昭和18年の大火では幸いにも消失を免れた。
神門は、鮮やかな朱泥が塗られ、また、屋根下には精巧な彫刻をほどこされ、江戸末期の秋葉山全盛期の面影を伝える唯一の建物と なっている。
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      随神門             神門内の彫刻             神門内                  

秋葉神社参道の随神門は真新しい(平成17年完成)
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  参道からの随神門          新しい随神門            参道脇の鹿

神社神楽殿では巫女の舞が見られ、山頂からは天竜川・遠州灘が一望できた。
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       神楽殿の舞                     天竜川・遠州灘

訪れた12月15日と16日両夜には秋葉寺で、また16日には秋葉神社で火渡りの儀式が催された。

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2007年12月 9日 (日)

伊豆高原と修善寺

初めて伊豆高原・修善寺へ出かけた。
城ケ崎海岸に架かるつり橋へ。橋からは、コバルトブルーの澄んだ海と波にあらわれる岩礁が見え、素晴らしい景観であった。紺碧の海のかなたには伊豆の島も見えた。  
(写真をクリックで拡大)
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  波にあらわれる岩礁            吊橋            海に迫出した岸壁

次に、源氏興亡の哀史の舞台となった、修善寺へ移動。
桂川沿いに広がる修善寺の街を横目に、修善寺温泉発祥の寺「修禅寺」を参詣。
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    修禅寺山門              修禅寺本堂            修禅寺本堂

門前の虎溪橋を渡ると指月殿 (源頼家の冥福を祈った指月殿 )。中央に丈六釈迦如来像が安置されていた。持物のないはずの釈迦像が右手に蓮の花を持っているのが特徴という。境内には、頼朝の死の後、家督を継いで鎌倉二代将軍となった源頼家の墓があった。
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       指月殿           丈六釈迦如来像            頼家の墓
(頼家は23歳という若さで、北条時政の密計により、修禅寺門前の虎溪橋際にある箱湯で暗殺)

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夕日の落ちるころ、桂川沿いに続く竹林と紅葉を川のせせらぎを聞きながら帰路についた。

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2007年12月 5日 (水)

初冬の油山寺

6月に訪れた、医王山油山寺に再度出かけた。山門から礼拝門に通ずる参道は美しい紅葉が秋の終わりを告げていた。 (写真をクリックで拡大)
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薬師本堂に向かう参道脇の滝堂は、木立から差し込む光で神々しさを醸し出していた。
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           滝堂                            るりの滝

参道を進むと三重塔と大師堂、石段を上がると静岡県指定文化財の薬師本堂がある。
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          三重塔                           大師堂

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     薬師本堂              本堂内部           本堂からの鐘楼

早朝に訪れたので紅葉の時期でも、静かにじっくり散策できた。

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2007年12月 1日 (土)

小国神社の紅葉

今年も遠州森町小国神社の紅葉が美しい。 (写真をクリックで拡大)
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曇りがちの天候ながら紅・黄・淡緑のグラデーションが見事だ。
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ウィークデーにも関わらず、多くの人々が美しい紅葉をめでていた。

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