« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »

2008年10月31日 (金)

堀川城址

気賀経由で、浜松から豊橋に出かける。その途中、戦国時代の悲劇の城、堀川城址がある。

堀川城址の案内版によると・・・
『室町時代末期、遠江の浜名湖北岸地域は今川氏が治めていた。
永禄3年(1560)の桶狭間の戦いで、今川義元が討死した。徳川家康の遠州侵攻に備え、土地の人々はここに城砦を築き地名にちなんで堀川城と名付けた。また、刑部(細江町中川)にも刑部城を築いた。 (写真をクリックで拡大)
A_p1010550_2 A2_dsc08754
      堀川城址の碑                    都田川沿いの刑部城址

永禄11年(1568)刑部城を落とした家康は、翌12年3月27日に3000人の兵を率いて堀川城に攻め入った。男も女も戦える者およそ2000人は、全て城に立て籠もって抵抗したが、瞬く間に落城した。大久保彦左衛門が書いた三河物語には“男女共になで切りした”とある。残った人々も徹底的に捕らえられ9月9日ことごとく首を打たれた。
3月27日の戦いでおよそ1000人、9月9日に700人余、当時の住民半数以上が犠牲者となった、と伝えられている。』

9月9日に700人余が首を打たれたのは、堀川城址から南へ600メートル程のところ。その首は都田川に沿った土手に晒されたとのことで、獄門畷(ごくもんなわて)と言われるようになったと言う。

C_dsc08727
              堀川城将志最期之地と刻まれた碑

地元住民にも多大な犠牲を強いることになった戦国時代の冷酷な家康をみたおもいであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月28日 (火)

モミジバフウ

県立森林公園を散策していると、モミジバフウが、秋の陽ざしを浴び、緑から黄、赤へ
と彩りを変えていく様を楽しむことができる。 (写真をクリックで拡大)
A_p1010602
B2_dsc04955_2 B1_dsc04907_2 B3_dsc04903 

ノコンギク、石蕗 (つわぶき)、、吾亦紅もまだまだ楽しめる。
C1_dsc04945 D1_dsc04928 D2_dsc04946

陽に輝くモミジバフウとは対照的に、散策路の片隅にひっそり咲くホトトギスが妖艶さ
を醸しだしていた。
E1_dsc04981 E3_dsc04971

秋が一日一日と深まり、森林公園の紅葉が見ごろを迎えるのも間近だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月25日 (土)

ウメバチソウ

2~3日前に、葦毛湿原でウメバチソウの蕾が膨らんできたとの報を得た。早速、湿原内を探したら、開花した一輪を見ることができた。湿原を訪れるようになって3年になるが、ウメバチソウに出会うのは初めてだ。 (写真をクリックで拡大
A1_dsc04863

10日前には、蕾だったヤマラッキョウも開花した。
B_dsc04886_3 B3_dsc04833 B2_dsc04887

スイランの花数が増えて、鮮やかな黄色が湿原に彩を添えている。
E2_dsc04819 E_dsc04853

シラタマホシクサ、マアザミ、イワショウブがまだ美しく咲いていた。
F_dsc04864 G_dsc04899 H_dsc04815

木の葉も色付き、ウメバチソウが咲くようになり、花リレーも終わりとなる。
C1_p1010586 C2_dsc04817_2

散策路の脇に青紫色の美しいホソバリンドウが咲く頃には、湿原の秋も一段と深まってくるだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月16日 (木)

スイラン

爽やかな秋風が吹く葦毛湿原に、スイランが咲き始めた。鮮やかな黄色が目に眩しい。
 (写真をクリックで拡大)
A0_dsc04634_2 A1_dsc04696
A2_dsc04604 A3_dsc04704


先回訪れや時、やっと探したイワショウブは、あちこちで咲きはじめた。結実した紅色のイワショウブも趣がある。
B2_dsc04700 B3_dsc04624
B1_dsc04686 B0_dsc04690

マアザミ(キセルアザミ)はまだまだ綺麗な色をつけていた。
C0_dsc04658 C2_dsc04598
C3_dsc04727 C1_dsc04617

今少し早い時季だったら、サワキキョウが綺麗であっただろうに。サワヒヨドリ、サワシロギク、シラタマホシクサは旬は過ぎたものの、未だ見ごたえがあった。
D0_dsc04653_2 E2_dsc04721 D3_dsc04719_2 
     サワキキョウ          サワヒヨドリ            サワシロギク

ヤマラッキョウは蕾が膨らんできいる。程なく紅紫色の花を球状に付けるだろう。
D1_dsc04672_2 E_dsc04722_2
       シラタマホシクサ                    ヤマラッキョウ

湿原の花の季節が幕を閉じる前に、もう1~2度訪れるつもりだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月14日 (火)

気賀四つ角

浜松市街から姫街道沿いに気賀に進むと都田川と井伊谷川が落ち合った所に、落合橋が架かっている。 (写真をクリックで拡大)
A_p1010491
            都田川(上)・井伊谷川(下)・落合橋(右)

落合橋を渡って直進すると、通称「気賀四つ角」にいたる。
B_p1010543 C_dsc00696
      今の気賀四つ角                H20.4.5 気賀四つ角(姫様道中)

交差点から北西角に「気賀関跡」の碑が立てられている。
D_p1010545 E1_p1010544
        気賀関跡の碑                       気賀関屋の案内版

関所跡を見る為、化粧品店と時計店との間の小路を入る。しかし、なかなか見つからない。やっと路地の奥の民家の二階部分に「気賀関所跡」の看板に赤い矢印があった。
矢印の方向を見ると、古そうな屋根を発見。これが「細江町指定建造物・気賀関屋」で、本番所の一部が残っていた。
E3_dsc08676_3 F_dsc08673
        案内の矢印                     関所跡(屋根部分のみ)

気賀の関所は、慶長六年(1601)徳川家康の創建で東海道本坂越(姫街道)の交通取締りのため設けられた。その後、改築等あったけれど昭和35年までは残されていた。

平成2年に北区役所の西に、ふるさと創生事業として冠木門(かぶきもん)や本番所が再建された。
G_dsc03703 H_dsc03685
      気賀御関所の案内板            平成2年 創生事業で創られた関所  

「気賀四つ角」は、はるか昔と今とを結びつける不思議な空間でもある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月12日 (日)

友田家住宅

遠州地方の代表的古民家である、中村家(雄踏町)、鈴木家(引佐町的場)に続き友田家に行ってきた。
森町中心から、蕎麦畑の広がる吉川沿いに北へ車を走らせと、程なく山間地の亀久保に至る。 (写真をクリックで拡大)
A_p1010467 B_dsc08589 C_dsc08591
     宮川の流れ         沿道に広がる蕎麦畑         蕎麦の花

江戸時代の頃に代々庄屋を勤めた旧家で元禄13年に前の畑地から移築された友田家住宅があらわれる。
E_dsc04591 G_dsc04515
             友田家住宅                     友田家住宅の説明

昭和48年には国指定重要文化財に指定。昭和57年・58年の半解体修理されたが、構造や間取りは建築当時のままで格子建てなどの細部も現存している。
F2_madori_2
H_dsc04523 I_dsc04538 M_dsc04528
   ①土間からの広間      ②広間おくから望む      ⑥広間から台所を望む
K_dsc04549_3
J_dsc04545 L_dsc04548
    ④土間・かまど            ③土間                ⑤台所
N_dsc04535 O_dsc04555 O2_dsc04544

    ⑦おくざしき            ⑧広間からなかのま        ⑨広間からやりのま
P_dsc04575 S_dsc04566_2 R_dsc04581_3

    ⑪建屋西側             ⑩建屋南側         前庭に咲くホトトギス

平家の落人としてこの地に移り住んだ友田家が代々、住居として利用してきたが、今でも47代目となる友田さんご夫婦がすぐ隣に暮らして管理を行っている。

このよう古民家に入ると、あたかもときが止まったかのような、ゆったりとした時間の流れを感じた。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年10月 9日 (木)

天宮神社

森町亀久保に行く途中、道に迷い立ち寄ったところが、天宮神社の駐車場であった。
かねがね訪れてみたい神社でもあった。 (写真をクリックで拡大)
D_p1010449_3 E_dsc08582
           鳥居                       参道奥の拝殿
境内には、御神木の樹齢1500年の竹柏(なぎ)の木ある。
F_dsc08572 Honden_4 A2_dsc08576_13
            拝殿                    本殿       神木竹柏(なぎ)
毎年4月の第一土曜日・日曜日の両日に「十二段舞楽」が奉納され、国の重要無形民俗文化財に指定されている。
G_p1010434 G2_p1010432
           舞殿                    4月に十二段舞楽を奉納
境内には歌人、佐々木信綱の歌碑がある。信綱は、雅号を竹柏園であったことから、この天宮神社を訪れ歌を読んでいる。
     天の宮神のみまへをかしこみと千とせさもらふ竹柏の大樹は
B_p1010453 C_dsc08586
     佐々木信綱の歌碑                   歌碑の近くに咲くミズヒキ

天宮神社の境内は、心地よい静かな空間であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 7日 (火)

やっぱり秋

10月に入り秋らしくなってきた。「?心と秋の空」と云われるように、この時季の天気は変わりやすい。
    
雨上がりの庭に咲く草木に、清楚な美しさを感じる。 (写真をクリックで拡大)
A_dsc04161 B_dsc04158
                  コムラサキ                                                  タマスダレ

今年は、金木犀が花を付けた。
C_dsc08558 D_dsc08526_2
          金木犀                   あさひに映える四季咲きのバラ

思いのほか良い香りが庭一面に漂い、癒される一日となりそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 5日 (日)

夜空を焦がす手筒はなび

豊橋駅の南西、歩いて10分程のところに羽田八幡宮がある。    
ここで毎年10月の第1土・日曜に手筒花火が奉納される。(今年は10月4日・5日)

夜空を焦がす手筒はなびは、市内20ヶ町の氏子達が奉納する。1本4~5kgある東三河地方独特の手筒花火を脇に抱え打ち上げる。その迫力ある勇ましい姿は、てっきり花火職人かと思いきや、一般の人達である。 (写真をクリックで拡大)
B_dsc04359_2
                           ヨウカン(羊羹)と呼ばれる片手用手筒花火

講習を受け、竹筒作りから火薬詰めまで自分自身で製造。本番!着火して安全を確認してからゆっくりと手筒を持ち上げ、真っ直ぐ高く炎を立ち上げるため腰をいれ、しっかり脇に抱え、降り注ぐ火の粉を浴び、最後に火が下に抜けるときに爆発する「はね」で終わり。
A2_dsc04266_2 A1_dsc04346_2 A3_dsc04293_2
C_dsc04390_2 G_dsc04472_2 D_dsc04399_2
A8_dsc04338_2 F_dsc04436_2 P_dsc04510
G_dsc04472_3 I_dsc04504_2 H_dsc04490

   火の粉を浴びて・・・      しっかり脇に抱え・・・     はね(火が下に抜ける)
S_p1010427 A4_dsc04363 A5_dsc04369
    出番待ちの大筒           大筒へ着火         激しく噴き出す大筒

この祭は、五穀豊穣を祈願して始まったものであるが、成人男子の度胸試しも兼ねていて、これに参加して一人前とされると言う。
R_p1010411 L_p1010421
       羽田八幡宮拝殿                       参道に並ぶ露天

豊橋には過去30数年住んでいたが、この祭りを見るのは初めて。今も続く手筒花火奉納に、東三河地方独特の歴史と伝統を垣間見た思いであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 3日 (金)

森の静寂

肌寒い秋雨の日々が続いていたが、ようやく秋晴れが戻ってきた。運動不足解消に
県立森林公園へ散策に出かけた。
 
昼過ぎの公園の木々は、秋の木漏れ日を浴び、眩しく輝いていた 
(写真をクリックで拡大)

A_p1010396
C2_dsc04248 C_dsc04181 F_dsc04199
     ホトトギス             ホトトギス           サワシロギク
E_dsc04197 G_dsc04212 H_dsc04233

   ツリガネニンジン             アザミ              サワヒヨドリ
D_dsc04223 A3_dsc04163 B_dsc04166
     ミズヒキの花        季節外れのモチツツジ        モミジバフウ

秋の草花を探し散策していると、草むらにトンボが静に羽根を休めていた。
I_dsc04207 J_dsc04227 K_dsc04230
      アキアカネ           ハグロトンボ           シオカラトンボ

森は、街の喧騒から切り離された静かな空間であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 1日 (水)

古民家

遠州地方の代表的古民家の一つである「鈴木家住宅」を訪れた。
鈴木家は、北区引佐町的場にある古民家で昨年6月、県の文化財から国指定重要
文化財になった。 (写真をクリックで拡大)
A_dsc04094
                     鈴木家住宅全景

鈴木家住宅の案内には・・・
「鈴木家住宅は、天竜川流域から浜名湖北岸、東三河地方に分布していた分棟型釜屋建の農村民家で1821年に建築された。
分棟型とは構造的には全く別になる二棟の建物の間に大きな雨樋を架け、平面上では一般の直屋と類似した構成になる形式をいう。
なかでも主屋と釜屋からなる形式の民家は、古くから遠江における唯一のものとされており、この地方ではこれを釜屋建あるいは撞木造りと呼んでいる。
平成11年から13年にかけて修理工事を実施し釜屋建特有の大樋を復元し、間取りを前広間型の平面にするなどの現状変更が行われ建設当時の姿に戻された。また、これに伴う調査により釜屋の柱から「文政三年辛巳年」の墨書、主屋の敷居からは「天保拾己亥年立春造作」という墨書が発見され、この建物の建設年代が確定し、初期の改造時期までが判明した。
江戸末期から大正にかけては紙漉を、大正から昭和初期にかけては養蚕を盛んに行い、その作業はすべて家の中で行われていた。
また、釜屋の「うまや」では、馬や牛も飼われていた。」とある。
S2_madori
C_dsc04140 D_p1010298 E_p1010296
     ①主屋             ②主屋と釜屋の間の大樋         ③釜屋
F_dsc04109_2 G_dsc04096 H_dsc04103
    ④南西側より           ⑤南東側より            ⑥西側より

古民家の素朴なたたずまいに昔の人達の知恵を感じるひと時であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »