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2008年11月14日 (金)

気賀宿

気賀四つ角より西に進み最初の信号を右に折れると奥は気賀小学校。校内に入る手前に柵で囲まれた数本の木が見える。
案内板によると・・・
『気賀小学校とこの付近一帯を陣中といい、江戸時代、旗本近藤家の陣屋(屋敷)があった所。近藤家は、気賀の領主で、気賀関所も近藤家が治めていた。この椎の木は陣屋の庭に植えられていたものといわれ、現在陣屋の面影を残すのはこの椎の木だけ。
この椎の木の実はとても大きく、近藤氏が毎年この実を幕府に献上したことから、江戸椎と呼ばれるようになった』とある。
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           江戸椎                      茅葺の二階家       
江戸椎の左手、駐車場の先に珍しい茅葺の二階家が見える。これが陣屋の庭園の一部と言われている。

先の信号に戻り、街道を横断すると赤池様公園と呼ばれる小公園に出る。石碑があり「明応7年(1498)、大地震により発生した津波で新居町に有った神社のご神体が流され、ここ赤池に漂着したという。ご神体が祀られたのが現在の「細江神社」である」と記されている。
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         赤池様公園                       細江神社
再び街道に戻り、西に進むと「細江神社」の鳥居が見えてくる。境内には御神木の夫婦楠や樹齢500年の大楠が繁り、周囲を圧倒している。
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   細江神社の鳥居         境内には御神木           夫婦楠

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 神社北側には、「犬くぐり道」がある。気賀の
 関所を通るには、町の人でさえ通行手形が
 必要で不便であった。領主の粋な計らいで、
 裏道を作りむしろを垂らし 「犬が通るのであ
 れば差し支えなし」とし、通行させたという。
                          
細江神社前の街道に戻り、西に進み「気賀駅北交差点」を過ぎた右手、NTTの建物前には「本陣中村家跡」の説明板がある。
説明板には『気賀は、天正15年(1587)本多作左衛門によって宿と定められ、東海道本坂通(姫街道)でもっとも重要な宿場となり、本陣は中村家がつとめた。
本陣とは、江戸時代の宿場に置かれた大名、公家、幕府役人など貴人のための宿泊施設。
宇布見村の中村家は、徳川家康の次男秀康が生まれた家として知られている。中村家の次男与太夫は、本多作左衛門の世話で気賀の代官となり、これが後の気賀宿本陣中村家となった。中村家は代々与太夫を名のり本陣として栄えた』とある。

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     本陣前公園            中村家菩提寺の正明寺           常夜灯

少し先に常夜灯がある。ここが「気賀宿」西の入口。
当時は枡形になっていて、一対のL字型の石垣の上に土を盛り矢来を組み門が設けられ、外敵侵入の防御をしていた。

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