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2009年1月15日 (木)

陣座ヶ谷古墳

浜松市街から姫街道を気賀に向かう途中、落合橋手前の長い下り坂左手に古墳の標識がある。その標識から細い農道を登ると、丘の上は陣座ヶ谷古墳である。
(写真をクリックで拡大)
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      陣座ヶ谷古墳の標識                 古墳につながる農道

案内板には・・・
「 古墳時代中期(約1500年前)の前方後円墳とその西側に円墳があります。都田川の流域を治めた豪族の墓と考えられます。大正4年、銅鏡と刀の破片多数が掘り出されましたが、祟りを恐れ埋め戻されました。
昭和4年再び銅鏡が掘り出され、現在、細江町立歴史民族資料館に展示されています。墳丘からは、埴輪も出土されています。」
とある。
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                       古墳全景
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           前方後円墳                  三界萬霊の石碑

丘からは気賀の町、金指の町などが一望でき、一面に田んぼが広がっていた。
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        中川・気賀の町                     国民宿舎奥浜名湖
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      一面の田園と金指の町                    中川祝田の町 

厳寒の丘の上には、散歩する老婆が一人、静かな空間であった。
前方後円墳部分には三界萬霊の碑があり、世の安寧を願い、無縁の霊をも篤く祀った、周辺の人々の素朴な祈りを感じた。

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