コアジサイ
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賎機山にいだかれた臨済寺、戦国時代に駿河の国を治めていた今川義元の菩提寺である。また、徳川家康が「竹千代」と呼ばれたいた幼い頃、今川義元の人質としてこの臨済寺で過ごしていたことでも知られている。
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5月19日は、桶狭間の戦いで織田信長に破れ、天下統一の夢が終わった今川義元の命日。この日には一般公開が行われ、昨年に続き2度目の訪問だ。
仁王像(吽形) 山門 仁王像(阿形)
座禅堂(左)と本堂(右)
本堂は、国の重要文化財に指定されており、内部は貴重な遺物が展示されていた。
方丈内 方丈内
庭園 仏像と庭園 仏像
最後の将軍慶喜の書 篤姫に育てられた家達の書
今川、徳川時代の貴重な遺物を見ながら遠く戦国の世に思いを馳せるひと時であった。
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毎年5月15日に行われる葵祭は下鴨神社と上賀茂神社の例祭で、祇園祭と時代祭とともに京都三大祭に数えられている。
祭の起原は約1400年前、天皇が下鴨、上賀茂両神社に勅使を送って五穀豊じょうを祈ったのが始まりとされる。合わせて両神社に仕えた皇女・斎王(さいおう)も詣でたという。
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藤花で飾りつけた牛車
好天に恵まれ午前10時半、京都御苑建礼門前南側から平安装束に身を包んだ約510人、馬36頭、牛4頭などの行列が約50分程かけ、初夏の都大路へ出発した。
行列を先導する乗尻 内藏寮史生
山城使 近衛使代
風流傘 風流傘
命婦 騎女
斎王代(千宗室家元の長女)
新緑の京都御苑に華やかな平安朝貴族の世界を見ることができた。
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浜松市中区利町に五社神社・諏訪神社がある。両社ともに徳川二代将軍秀忠公の産土神(うぶすながみ)として崇敬され、絢爛豪華な社殿は国宝建造物としてその偉容を誇ってきたが、昭和20年戦禍により灰燼に帰してしまった。昭和35年に両社合祀され、現社殿は昭和57年に再建された。
特にこの神社は、赤ちゃんの名付け(命名)をしてくれることで知れている。
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五社・諏訪神社の鳥居 社殿 社殿内部
三人目の孫が誕生した。男の子は二人目だ。新しい命の誕生は嬉しいものだ。
今日、孫の父親にお供して早速、五社神社へ命名(名付け)に出かけ、複数の名前の候補をいただいてきた。
安産祈願・名付けなどの受付 社務所
姓名と画数に関する本を片手に、息子の名付けに悪戦苦闘していた三十数年前が懐かしく思い出された。
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5月3日から5日まで、浜松っ子がもっとも燃える浜松まつりだ。
祭りの2日目の夜、上島町では氏神さまで町内の初子の皆さんを祝う初練が繰り広げられた。 (写真をクリックで拡大)
多くの初子やご家族の皆さんが参加し祭りを盛り上げていた。
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