夏越の祓
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萬松山可睡斎は、遠州三山一つであり、法多山尊永寺、医王山油山寺ともに、袋井市にある寺院だ。 (写真をクリックで拡大)
可睡斎山門
可睡斎の由来説明によると・・・
「およそ600年前に開かれた曹洞宗の寺。11代住職は幼い家康を戦乱から救ったことがあり、後に家康が浜松城主になった時、報恩の為に城に招かれたその席上、コックリコックリと居眠りを始めました。その姿を見た家康は、和尚の安らかな親愛の心を悟り、和尚に「睡る可し」と言い、「可睡和尚」と愛称せられ、寺号も東陽軒から可睡斎と改めた。 」とある。
法堂(本堂) 法堂(本堂) 掛川藩主の墓
また、可睡斎には秋葉総本殿があり、全国の火防守護の総本山として信仰されている。
もともと秋葉山にあった秋葉寺は火防祈願の道場として万民信仰の中心であったが、明治初年の神仏分離により秋葉神社の別当・秋葉寺は廃寺となった。その折、秋葉三尺坊大権現ならびに秋葉寺に付帯する一切の物件はことごとく可睡斎に移され、可睡斎をもって秋葉総本殿となった。
秋葉山総本山三尺坊大権現御真殿
廃寺になった秋葉寺は、信徒の強い要望によって、明治13年再建され、秋葉山の中腹の杉平にある。
この地を訪れたとき、必ず立ち寄る店がある。
可睡斎の程近くにありフィレンツェ風の洒落た店。自家製のパスタが逸品だ。
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昔、子供のころ夏になると豊橋では街のメイン通りで毎夜、夜店が開かれ、金魚すくい、昆虫売りや綿菓子の店がたくさん出ていた。
毎年6月になると、親に連れられ、わくわくしながら屋台を見たり、何か買ってもらったりした懐かしい思い出が残っている。 (写真をクリックで拡大)
今でも、豊橋公園で6月中の毎週金曜日から日曜日に開かれる。
夕闇迫る駅前大通 市電で会場へ・・・ 夜店会場入口(豊橋公園)
規模・期間とも縮小されたものの、焼そば、たこ焼きなどの飲食店のほか、金魚すくい、射的の店、お化け屋敷など約200店舗が立ち並び「縁日気分」を盛り上げている。
夏の訪れを告げる風物詩として家族連れ、カップルら多くの市民で賑わっていた。
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賀茂しょうぶ園は、賀茂神社所有地及び市有地6,300㎡を対象に整備を始め、昭和45年に開園。
しょうぶ園の裏手に神社の入口があり、神社境内は緑の木々に囲まれた静かな鎮守の森が続く。 (写真をクリックで拡大)
緑の木々に囲まれた参道
賀茂神社 厄をはらう茅の輪 賀茂神社拝殿
しょうぶ園に人の訪れる時期は、神社の参道でイチゴや破竹を売る露店が開かれる。
地元で取れた新鮮な農産物を売る露店
徳川家康を難から助けた潜みの大楠 境内にある神山古墳
ここ賀茂神社には徳川家康にまつわる話が多く残されている。
家康が、遠江に進出する際に賀茂神社を参詣し、武運長久を祈願している。三方ヶ原合戦後、家康は甲斐の武田信玄に攻められていた野田城を救援に向かうも阻まれ、逆に家康は武田勢に追われ、賀茂神社に隠れて危機を脱したとも伝えられている。
近くに、かたくりが咲く城趾がある。二代将軍秀忠の母、お愛の方(西郷の局)の出身で西郷氏の城があった所だ。
また、西郷氏の菩提寺である正宗寺がこの近くにある。
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豊橋の北、新城・豊川に接するところに、花しょうぶの名所「賀茂しょうぶ園」がある。この春訪れた「かたくり山」に隣接したところだ。
園内は、約3万7000株のしょうぶの花が鮮やかに咲き競い、『花しょうぶまつり』も開催されていた。 (写真をクリックで拡大)
園内の池では、花しょうぶに負けじと白色・紅色の睡蓮、池の脇では、カラフルな紫陽花が、美しさを誇っていた。
裏手の徳川家康ゆかりの賀茂神社に参拝して帰路についた。
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