葦毛湿原のサギソウ
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車山山頂から車山肩経由で、強清水までのハイキング。途中、雨は降られなかった
ものの、時折濃い霧に覆われた。 (写真をクリックで拡大)
うっすらと霧に包まれた高原は、一面ニッコウキスゲが咲き乱れ、ハクサンフウロ、
ウスユキソウ、クガイソウをはじめ数多くの夏の花が咲き競っていた。
ニッコウキスゲ ハクサンフウロ ウスユキソウ
クガイソウ イブキトラノオ シシウド
遊歩道脇に、マツムシソウを一輪見つけた。
マツムシソウ ヨツバヒヨドリ
前日、大雨だったのか、車山肩から強清水に至る道は、ところどころぬかるんでいた。
遊歩道脇の美しい高山植物に見入っていて、二度ほど足を取られた。
アキノキリンソウ キンバイソウ カラマツソウ
ヤナギラン オオバギボウシ ノアザミ
ゴールの強清水
高原の夏は短く間もなく、この草原にもマツムシソウや秋の訪れを告げる草花が咲き始めることだろう。
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遠州地方の郷土芸能の一つ「遠州大念仏」。7月のお盆の頃になると、どこからともなく、鉦・太鼓の音と念仏歌が聞こえてくる。
犀ヶ崖では、毎年7月15日に三方原合戦で戦死した武田・徳川両軍の死者の供養として、遠州大念仏が行われる。今年は、寺島組(浜北)による遠州大念仏が披露された。
(写真をクリックで拡大)
頭先(かしらさき) 頭(かしら) 双盤(そうばん)
笛 摺鉦 太鼓
頭先(かしらさき)の提灯を先頭にして、笛・鉦・太鼓に合わせて行進。哀調を帯びた鉦、太鼓の音と念仏歌が流れる中、念仏踊りが披露された。
念仏踊りが終るころはすっかり陽が落ちて・・・
寺島組は、この秋開催される「第24回国民文化祭・しずおか2009舞台芸術の祭典『三方原合戦!!!』」に出演が決まっている。
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三日池という名に興味を覚え、ドライブに出かけた。
三ヶ日町国道362号の高橋信号を北へと国道301号に入り、500m程北上すると三日池という交差点がある。
三日池交差点
ここを右折し、100m程進むと左手に「浜名総社神明宮」がある。
浜名総社拝殿 本殿
また、三日池信号を左折し、100m程進むと釣橋川にかかる神戸橋がる。右手に「初生衣神社」があり、毎年4月には「おんぞ祭り」が行われている。
神戸橋 初生衣神社
三日池の信号から、神戸橋に至る間の路地を右折すると、小さな池が目に入る。それが三日池だ。うっかりすると見落としてしまいそうだ。
三日池
説明板によると・・・
『昔この池は、キレイな水があふれ、たくさんの魚が住んでいました。
この里の長者が池の魚を捕ろうと多くの人を雇い、三日間池の水を汲み出しましたが、池の水は少しも減らず、ついにあきらめてしまいました。
このことがあってから、この池を三日池、長者を三日長者と呼ぶようになり、それがいつしか土地の名となり「三ケ日」となったそうです。』と記してあった。
天照大神を祀る浜名惣社。古くから伊勢神宮に織物を奉献していた初生衣神社。このような地に小さな、不思議な池があるとは・・・・。
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小学~高校生時代は、ラジオを聴きながら育った。昭和のラジオ受信機の移り変わりを見て、過ぎし時代を思い起こすのも良いものと、浜名湖舘山寺美術博物館の「真空管ラジオ展」に出かけた。 (写真をクリックで拡大)
浜名湖舘山寺美術博物館 美術博物館からみえる遊園地
昭和20年代の初めの日本国内のラジオ放送はNHK第一放送・第二放送そして米軍のFEN(極東放送)のみであった。20年代の後半になり日本でも民間放送が誕生した。民間放送の一番乗りは名古屋の中部日本放送CBCで、第一声は昭和26年9月1日だった。昭和26年をスタートに、多くの民間放送が誕生した。
ちなみに静岡放送SBSは全国で17番目(昭和27年11月)にラジオ放送を開始した。浜松放送局は2年後の昭和29年12月から放送を始めた。
昭和30年代は、ラジオの多局化時代。ラジオ受信機は、感度・選択度の低い並四ラジオ・高一ラジオから高感度・高選択度の五球スーパーラジオに変わっていった。
夜間には、フェージングで聞き取りにくい遠方の民間放送を競って聴いていた。
地方では放送していなかった大学受験講座を東京の放送局にチューニングして、聴いていたのもそのころだ。
様々の形状の受信機 30年代は五球スーパー 外箱はプラのラジオ
日本での中波放送によるステレオ放送は、昭和27年12月にNHK東京第一放送と東京第二放送の2つの電波を使って右信号と左信号をそれぞれ放送で送信して、立体放送とっして放送をしていた。その後、全国で2波放送によるステレオ放送が実施された。
当時、ラジオを二台並べて立体放送なるものを聴いたが、余り立体感のなったことを覚えている。そんな立体放送も、FM放送の普及により昭和40年で終了した。
また、平成4年3月には、新方式(モトローラ方式)によるAMステレオ放送が東京・大阪の5局により開始された。
名古屋での、AMステレオ放送は、中部日本放送CBC。東京・大阪に遅れること1ヶ月の4月から開始された。
早速、東京へ出たおり、秋葉原の電気街でSONYのFM・AM STEROラジオSRF-M100を購入した。
新方式のAMステレオ放送は、FM放送に比べたら音域は狭いが、ステレオ放送を楽しめる。今でも使っているラジオの一つだ。
AMステレオ放送が、普及しなかったのは、NHKが採用しなかったからだ。
全国の放送設備をAMステレオ放送に更改するためには莫大な費用がかかるためと、既にFMステレオ放送が行われていたため。
現在は、民間放送局も限られた親局の実施のみ。ステレオ化を取りやめる放送局も出ているのは、残念だ。
浜名湖畔にたたずむ美術博物館で、暫し、往時を偲んできた。
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方広寺奥山半僧坊は、毎年サクラの咲くころに訪れるが、この季節は初めてだ。奥山高原からの帰路、門前だけを散策してきた。
方広寺黒門 山門
方広寺黒門を入ると、朱色の山門前、苔むした岩の上に穏やかな表情の羅漢さんが並ぶ。暫し見入ってしまった。
黒門を出ると・・・
門前には、方広寺の精進料理に欠かせ
ない材料のひとつ「半僧坊油あげ」の商
店がある。創業明治14年という。
この店の油あげは、江戸時代の製法をそのまま継承する手作り。早速、お土産に買った。
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