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2009年7月 9日 (木)

ラジオ雑感

小学~高校生時代は、ラジオを聴きながら育った。昭和のラジオ受信機の移り変わりを見て、過ぎし時代を思い起こすのも良いものと、浜名湖舘山寺美術博物館の「真空管ラジオ展」に出かけた。 (写真をクリックで拡大)
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    浜名湖舘山寺美術博物館           美術博物館からみえる遊園地       

昭和20年代の初めの日本国内のラジオ放送はNHK第一放送・第二放送そして米軍のFEN(極東放送)のみであった。20年代の後半になり日本でも民間放送が誕生した。民間放送の一番乗りは名古屋の中部日本放送CBCで、第一声は昭和26年9月1日だった。昭和26年をスタートに、多くの民間放送が誕生した。
ちなみに静岡放送SBSは全国で17番目(昭和27年11月)にラジオ放送を開始した。浜松放送局は2年後の昭和29年12月から放送を始めた。

昭和30年代は、ラジオの多局化時代。ラジオ受信機は、感度・選択度の低い並四ラジオ・高一ラジオから高感度・高選択度の五球スーパーラジオに変わっていった。
夜間には、フェージングで聞き取りにくい遠方の民間放送を競って聴いていた。
地方では放送していなかった大学受験講座を東京の放送局にチューニングして、聴いていたのもそのころだ。
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  様々の形状の受信機    30年代は五球スーパー       外箱はプラのラジオ

日本での中波放送によるステレオ放送は、昭和27年12月にNHK東京第一放送と東京第二放送の2つの電波を使って右信号と左信号をそれぞれ放送で送信して、立体放送とっして放送をしていた。その後、全国で2波放送によるステレオ放送が実施された。
当時、ラジオを二台並べて立体放送なるものを聴いたが、余り立体感のなったことを覚えている。そんな立体放送も、FM放送の普及により昭和40年で終了した。

また、平成4年3月には、新方式(モトローラ方式)によるAMステレオ放送が東京・大阪の5局により開始された。
名古屋での、AMステレオ放送は、中部日本放送CBC。東京・大阪に遅れること1ヶ月の4月から開始された。
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早速、東京へ出たおり、秋葉原の電気街でSONYのFM・AM STEROラジオSRF-M100を購入した。
新方式のAMステレオ放送は、FM放送に比べたら音域は狭いが、ステレオ放送を楽しめる。今でも使っているラジオの一つだ。

                          

AMステレオ放送が、普及しなかったのは、NHKが採用しなかったからだ。
全国の放送設備をAMステレオ放送に更改するためには莫大な費用がかかるためと、既にFMステレオ放送が行われていたため。
現在は、民間放送局も限られた親局の実施のみ。ステレオ化を取りやめる放送局も出ているのは、残念だ。

浜名湖畔にたたずむ美術博物館で、暫し、往時を偲んできた。

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