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2010年2月27日 (土)

雨上がりの四ツ池公園

昨日来の雨も上がり、朝日の眩しい朝となった。公園は、ひっそりした昨日とはちがい、散策する人や釣り人も見られた。 (写真をクリックで拡大)
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  雨にけむる池(昨日)     日の注ぐ今朝の散策路            釣り人
     
白梅がようやく咲き始め、昨日の雨に濡れた花がキラキラ輝いていた。
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  遠くに親子連れの姿も(四ツ池公園)               咲き始めた白梅
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        開花の近い紅梅                     満開のマンサク
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  河津桜(上島公園)        道脇に咲くボケの花        道脇のモモの蕾

春の訪れを告げる花が、次々と咲き始めた。

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2010年2月24日 (水)

梅にメジロ

気賀 長楽寺本堂跡にある梅を見に出かけた。本堂跡に向かう石段の左右に連なる梅が覆いかぶさるように咲き、「梅のトンネル」となっている。 (写真をクリックで拡大)
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                        梅のトンネル
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険しい石段を登りきると、そこは本堂跡。
一面は満開の梅。霞む浜名湖を望むこともでき、最高の眺め。
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      本堂跡の満開の梅                      霞む浜名湖
    
梅の木々の間をメジロが忙しそうに飛び回っていた。
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                   花から花へ飛び交うメジロ
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暖かさに誘われ、訪れた多くの人達が散策を楽しんでいた。

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2010年2月22日 (月)

水琴の響く花咲乃庄

幕末期に造り酒屋として栄えた庄屋屋敷、花咲乃庄(磐田市壱貫地)へ出かけた。
 (クリックで拡大)
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     花咲乃庄             客間                  納屋
  

庭園には枝垂れ梅が咲き、美しい景観を眺めながら食事を楽しむことができた。
回遊式庭園に出れば、水琴の妙なる響きが・・・
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    喫茶処一貫            枝垂れ梅               水琴乃筧
  
暫し色とりどりの梅にうっとり・・・。
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ここの枝垂れ梅は、ことのほか美しいかった。

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2010年2月19日 (金)

善光寺参り

春まだあさい信州の旅の終わりは、善光寺で締めくくり。
宗派を問わない善光寺は、全ての宗派に門戸を開き、日本仏教の根源であるといわれている。善光寺は極楽浄土の入口、一生に一度訪れれば往生がかなうといわれている。   (写真をクリックで拡大)
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                        善光寺本堂
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        本堂外陣                        参拝順路の説明図

善光寺、お膝元の長野市で、1998年2月、3月に冬季オリンピックとパラリンピックが開かれた。車椅子に乗ったまま、自力で本堂に参拝したいという声がわき上がっても、国宝の壁に阻まれて具体的な対策が取れなかった。しかし、スロープを仮設するアイディアが具体化し、古い本堂にマッチしたスロープが出来上がったという。
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  国宝で初のスロープが付いた本堂      オリンピックの開会を告げた鐘楼の鐘

三門正面には「善光寺」と書かれた額が掲げられている。通称「鳩字の額」呼ばれる。鳩が五羽が中に隠されて、「善」の一字が牛の顔の形に見え、「牛に引かれて善光寺参り」の話しの元となっているとか。
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  三門から見る本堂            三門               「善光寺」の額
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                         仲見世
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     阿形                 仁王門                  吽形

数人で戒壇巡りをしてみた。御本尊の安置されている瑠璃檀床下の真っ暗な回廊を巡り、中程に懸かる極楽の錠前に触れることができた。
真っ暗闇から明るいところに出たとたんホットし、何とも言えぬ充実感を味わった。

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2010年2月18日 (木)

城下町 松代

松代象山地下壕を見学後、徒歩にて象山神社、文武学校そして真田宝物館へ。

象山神社は、幕末の先覚者・佐久間象山を祀り、境内に京都から移築した茶室・煙雨亭などあ る。
煙雨亭は、象山が元治元年、凶刃に倒れるまでの2ヶ月間を過ごした煙雨楼の遺構で移築したもの。煙雨楼は2階家で京都木屋町の鴨川畔にあったという。
 (写真をクリックで拡大)
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           象山神社                       煙雨亭

象山神社からほど近くに、冠木門から入る旧文武学校がある。ここは8代藩主真田幸貫が水戸の弘道館に倣い、藩士の教育を目的に建てた松代藩の藩校。弓道場、剣道場、柔道場、槍道場などがあり、文久以降は砲術なども教えられる様になった。
国元にて蟄居中となっていた佐久間象山はここで剣術の指導にあたっていたと言う。
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   旧文武学校門             文学所          年2度だけ開く校門とか?    

松代藩文武学校の前にあるのは松代藩主を生んだ真田勘解由邸。
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    真田勘解由家      文武学校前の真田勘解由邸     武家屋敷の土塀

近くには、趣ある茅葺き屋根を持つ旧横田家住宅などがある。
また、今回は行けなかったが、長野電鉄屋代線松代駅のすぐ横に広がる海津城跡も必見の場所だ。

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2010年2月17日 (水)

戦争の遺跡 象山地下壕

数年前、長野を訪れたが、松代象山地下壕を見学するのは初めてだ。
地下壕は三つの山(象山・舞鶴山・皆神山)の山腹に掘られ、総延長は10Km余。象山地下壕(全長約6Km)の500m部分が見学できるよう公開されていた。
 (写真をクリックで拡大)
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            象山                   皆神山(左)と霞む舞鶴山(右)
    
松代象山地下壕の説明資料によると・・・
「第二次世界大戦の末期、軍部が本土決戦最後の拠点として、極秘のうちに、大本営、政府各省等をこの地に移すという計画のもとに、昭和19年11月11日に着工、翌20年8月15日の終戦の日まで、およそ9ケ月の間に当時の金額で2億円の巨費と延300万人の住民及び朝鮮人の人々が労働者として強制的に動員され突貫工事をもって構築。全工程の75%完成したと言う。食糧事情が悪く、工法を旧式な人海作戦を強いられ、多くの犠牲者を出したと言われている。戦後は、訪れる人も少なく忘れ去られようとしていたが、太平洋戦争の遺跡としてこの存在を知ってもらうため、平成元年から見学できるように整備した」とある。
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 入口でヘルメット着用         地下壕内部              地下壕内部    

薄暗く肌寒い地下壕に入ると、むき出しの岩の天井に削岩機先端部のロットがくいこんで残っていた。
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   削岩機ロットの説明      削岩機ロットの残部      トロッコ枕木跡の説明板

近くには、15才で第3代松代藩主真田幸道に嫁いだあんず姫(豊姫)を祀る象山 恵明禅寺がある。嫁ぐとき、実家より「鉢植えのあんず」を持参して愛賞していたのが、善光寺平に「あんずの樹」が来た始めであるとか・・・。
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                 象山 恵明禅寺(黄檗宗)

舞鶴山地下壕に気象庁の地震観測所が設けられ、現在では日本最大規模の精密地震観測室となっている。 

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2010年2月16日 (火)

歴史の町 海野宿

日本の道百選に数えられる歴史の町を訪れた。
海野宿は、佐渡と江戸を結ぶ街道の拠点となった宿場町。江戸幕府が佐渡で取れた金を江戸まで運ぶための中継地点、参勤交代ルートとして、また、善光寺詣での参拝客などで賑わう北国街道の要所でもあった。明治になって宿場町の必要性がなくなってからは、宿の建物を養蚕に転用して繁栄した。 (写真をクリックで拡大)
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    宿場の東端を流れる千曲川              宿場の東端には白鳥神社
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                   東西650㍍の細長い宿場町

        
宿場の道中央は水が流れる用水路、道の両側には「海野格子」、「うだつ」が上がる白壁の民家、また大屋根の上には養蚕の為の「気抜け」という排気施設など、宿場時代の建物と明治以降の建物が調和しながら残されていた。
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     本うだつ              袖うだつ          屋根上の「気抜き」
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  海野格子と出桁造り         本陣跡              道脇に道祖神

宿場は、美しい町並みで、どこから見ても絵になる風景だった。

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2010年2月11日 (木)

二川宿本陣 ひなまつり

二川宿本陣で「ひなまつり」が開かれている。
会場の本陣内では、御殿飾りや段飾り、内裏雛、天神様、つるし飾りなど数多く展示されており、どれも気品にあふれ華やかな雰囲気を醸し出していた。
(写真をクリックで拡大)
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 二川宿本陣「ひなまつり」      本陣母屋内           つるし飾り    
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                       御殿飾りの数々
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            御殿飾り                     段飾り
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      内裏雛             内裏雛                雛人形
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      土びな             天神さま               紙雛図
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         つるし飾り                       つるし飾り

展示の御殿飾りの多くは戦後、二川宿の旧家などが入手したものという。
ひとあし早く、ひなまつりを楽しんできた。

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2010年2月 8日 (月)

もうすぐ春

立春を過ぎたとはいえ、朝夕はことのほか寒い。でも四ツ池公園周辺では、日当りのよいところで春の花が咲き始めた。 (写真をクリックで拡大)
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                    近くの上島公園に咲く河津さくら
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春になると真っ先にさくと言うマンサクが咲き始めた。
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          水仙                          マンサク
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       四ツ池の浮き見堂                      カモ

花の開花はいつもより遅いようだが、春はもうすぐ・・・。

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2010年2月 3日 (水)

節分祭(小国神社)

今日は節分。遠州森町小国神社では、午後2時から節分祭が行われた。
拝殿での祈願祭齋行後、拝殿前で、年男・年女役奉仕者、特別奉仕者が記念撮影。
  (写真をクリックで拡大)
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     小国神社拝殿        拝殿内の祈願祭             記念撮影
    
今年の特別奉仕者は、大相撲十両 磋牙司関と女子レスリング 伊調馨選手。
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                 特別奉仕者の磋牙司関と伊調馨選手

3時半ごろからは、舞殿と特別舞台で太鼓の音と「福は内、鬼は外」の掛け声に合わせ、豆まきが行われた。
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節分祭奉仕者の色とりどりの華やかな装いに春の訪れを感じた。

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2010年2月 1日 (月)

金地院

細江町気賀にある梅の名所・長楽寺からほど近いところに「金地院」という寺がある。
南朝方、後醍醐天皇の皇子、宗良親王妃・駿河姫を祀っている。姫は井伊道政の娘。
1338年3月、親王が足利軍との戦いのため、井伊谷より出陣。そのおり駿河姫は、宗良親王を見送ろうと浜名湖のあたりまで行ったとき病にかかり、この地に到って他界した。その葬送を金地院に命じたという。 (写真をクリックで拡大)
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           山門                         参道
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                        本堂

建武年間の創建と言われる金地院は、明治9年火災により諸堂を焼失、わずか観音堂と山門を残して荒廃。明治43年大圭により本堂などが再建された。

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           観音堂                   中興の祖 大圭和尚の銅像      
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    参道脇の石像         観音堂からの眺め          静かな境内

南北朝時代の宗良親王妃を祀るこの寺は、なぜか歴史のロマンを漂わせていた。

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