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2010年4月30日 (金)

満開の藤

磐田市豊田町の行興寺では、「熊野の長藤」が紫色の美しい花を付けて見頃となっている。
花見に訪れる人も多いが藤の房は例年ほどは延びていない。
 (写真をクリックで拡大)
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境内には、国の天然記念物に指定されているもの一本、県の天然記念物に指定されているもの五本の藤があり、いずれ劣らぬ巨木である。
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                   国の天然記念物指定の藤

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老木の風格を感じさせる巨木・・・
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境内から敷地続きになっている奥に熊野記念公園がある。野外能楽堂前の藤も見頃。
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あたり一面、心地よい花の香が漂っていた。

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2010年4月26日 (月)

旧松本家住宅 竹の丸

竹の丸のあるところは、江戸時代、家老等重臣の屋敷があった。そこは掛川城天守閣や本丸等の城の中心部に通ずる道筋にあり、防衛上重要な場所であった。

明治時代、そこに葛布問屋「松屋」を営んでいた松本家が、邸宅を構えていた。昭和11年、松本家が東京に転居するにあたり、邸宅は掛川市に寄贈された。
「竹の丸」は戦後、市職員の厚生施設として、また、市民活動の拠点として利用されていた。
文化的価値が見直された「竹の丸」は、平成19年から建物の修復工事が行われ、改修後は有形文化財として、平成21年6月より一般公開されるようになった。
 (写真をクリックで拡大)
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                      旧松本家住宅「竹の丸」
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主屋には、畳敷きのひろま・台所・茶の間・仏間・洋間等がある。
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  復元された式台玄関       ひろまから台所              仏間

離れは当初、平屋の建物で大正末期から昭和初期にかけて2階建に改築された
という。
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                       離れ(2階建)

1階は、3室あり南側に座敷と家人の間の2室、座敷と廊下を隔てて北の間がある。
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   離れ一階の座敷(上段の間)                         北の間

2階は、中央に南北方向の廊下があり、廊下の西側に貴賓室と控えの間、東側に
座敷がある。 
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離れ2階の貴賓室                       離れ2階の座敷

築後100年余が経過している竹の丸は、近代豪商の住宅の様相を今に伝える貴重な建造物であり、見応えがあった。

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2010年4月23日 (金)

掛川城二の丸御殿

掛川城天守の見学を終え、現存する江戸時代後期の建物「掛川城二の丸御殿」に向
かった。

御殿は儀式・公式対面などの藩の公的式典の場、藩政の中心となる諸役所と、城主の
公邸が連結した建物。 (写真をクリックで拡大)
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                二の丸御殿の全景(掛川城天守から)

書院造と呼ばれる建築様式で、畳を敷きつめた多くの室が連なり、各室は襖によって仕切られている。現存する城郭内の御殿としては、京都二条城など全国でも数ヵ所にしかない貴重なもの。
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この御殿は、嘉永7年(1854)大地震でそれまでの御殿が倒壊したため、時の城主太田資功によって、安政2年(1855)から文久元年(1861)にかけて再建されたもの。
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            玄関             三の間(城主・家老に用向き時、通された)
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   大書院(城主が藩の政治を司る)
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     小書院(藩主の執務室)         長囲炉裏の間の天上(太田家家紋など)
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 御用人部屋(財政や庶務を担当する)         御談の間(取次ぎや談合、会議)

初めての掛川城、そこに江戸時代末期の御殿が現存していたことを知った。
さらに城の周辺に、掛川城の郭「竹の丸」、大日本報徳社など歴史的建造物があり興味深いエリアであった。

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2010年4月21日 (水)

美しい城 掛川城

掛川古城は、今川氏が遠江を支配してころの城、掛川城天守閣からよく見渡せ、東500メートルほどのところにある。

桶狭間の合戦で今川義元が織田信長に倒されると、その子氏真は武田氏に駿河を追われ、掛川城に立て籠もった。徳川家康は長期に渡り掛川城を攻め、攻防の末、掛川城を開城させた。家康の領有となり、甲斐からの武田氏侵攻の防御拠点となった。
 (写真をクリックで拡大)
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                                                 掛川古城跡 (天王山)

豊臣秀吉が天下平定した後、徳川家康を関東に移し、掛川城には山内一豊が入った。
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                          天守閣

一豊は多くの戦乱により痛んだ城の改築や城下の整備を行い、このとき初めて天守閣をつくった。
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         四足門と天守閣            二の丸御殿から見た天守閣
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  天守から見た繁華街      好天時には富士山も・・・    天守から見た掛川の街   
    
美しい城も安政の東海大地震により天守閣など大半が倒壊、二の丸御殿、太鼓櫓、蕗の門などの一部を除き再建することなく明治維新を迎え、廃城となった。

二の丸御殿は様々に使用されながら残ったが、天守閣は平成6年140年ぶりに木造により再建。また、二の大手門は袋井市の油山寺山門として現存している。
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     太鼓櫓             掛川城二の丸御殿    二の大手門(油山寺山門)

掛川城の玄関前大手二の門は、明治6年の廃藩時に太田備中守の寄進で 油山寺山門となった。

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2010年4月19日 (月)

小国神社例祭

毎年恒例の小国神社で行われる十二段舞楽奉奏を見に出かけた(4月18日)。天竜浜名湖鉄道を使い遠江一宮駅へ。駅からは、例祭行きの無料バスで・・・

遠江一宮駅は無人化に伴い、駅舎を改造した蕎麦屋があり待合室の中に入口がある。 (写真をクリックで拡大)
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   遠江一宮の駅舎          天浜線の列車         待合室の蕎麦屋

小国神社例祭に訪れる参拝者・・・
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10時過ぎから始まった例祭・・・
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舞殿では、11時過ぎから天下泰平と氏子の安泰と繁栄の願いを込めた十二段舞楽が奉仕奉納された。

番外・花の舞による祓の舞で始まり、きらびやかな衣裳や面を身につけた稚児や大人が舞殿において、連舞・色香・蝶舞・鳥舞などの十二段舞楽が奉奏された。
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         番外 花の舞                  一番 連舞(えんぶ)
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       二番 色香(しきこう)                  三番 蝶の舞
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        四番 鳥の舞                   舞楽の奉奏された舞殿

十二番全ての舞を見るには、夜8時過ぎまでかかるので、残念ながら一部だけを見て帰路についた。

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神社境内では、シャクナゲや、シャガの花が見頃となっていた。

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2010年4月16日 (金)

春の色鮮やかガーデンパーク

一ヶ月ぶりに浜名湖ガーデンパークに出かけた。木々の若葉がめっきり鮮やかになり、
春の花々も競うように咲きだした。 (写真をクリックで拡大)
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花の美術館前の「花の庭」エリアでは、赤・白・青など、色とりどりの花が咲き乱れ、
あたり一面春の装いとなっていた。
「忘れな草」と「チューリップ」の組合せがとても幻想的だった。
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5月には中央のアーチがバラの花で覆われることだろう。

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2010年4月13日 (火)

季節の移ろい

豊岡へ出かけたおり、天竜川「浜北大橋」東側に元気よく泳ぐ鯉のぼりを見つけた。色鮮やかな鯉のぼり二十数匹、桜を背景に気持ちよさそうに泳いでいた。
 (写真をクリックで拡大)
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桜を背景に泳ぐ鯉のぼり

帰路、有玉馬込川でも東西の堤防を跨いで風になびく、2列の鯉のぼり・・・
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例年になく桜が長く咲き、知らぬ間に端午の節句も間近となった。季節の移ろいの早いこと・・・。

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2010年4月10日 (土)

ハルリンドウ咲く森林公園

県立森林公園のスポーツ広場の脇に湿地特別保護区がある。

この湿地に、夏には純白なサギソウが数多く咲いていた。  (写真をクリックで拡大)
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この時季、ハルリンドウが、青空に合わせるように、ブルーの花を一斉に開花させた。
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ブルーの花の中に咲く、白いハルリンドウが目をひいた。
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しばし美しいハルリンドウに見とれ、散策路に佇んだ。

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2010年4月 8日 (木)

名残の桜

幼いと思っていた孫も、小学校の入学式を迎えた。いまさらながら歳月の速さに驚かされる。下の孫のおもりを兼ね気賀まで出かけた。

帰途、姫様道中の終ったばかりの都田川河畔を散策。桜舞う河畔は、先日の喧騒もなく静かだった。 (写真をクリックで拡大)
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                       澪つくし橋
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        西河畔の桜のトンネル                   水道管橋

澪つくし橋を渡り東河畔へ・・・
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  東から見る西河畔           八重桜                川鵜

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                     気賀駅構内の桜

しばらく楽しめた桜の花も、葉桜になりつつ・・・

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2010年4月 6日 (火)

史跡めぐり(長篠)

Y社OB会の春季ハイキングは、長篠の戦い史跡めぐりであった。

天正3年、長篠城は、武田信玄の跡を継いだ勝頼が、1万5千の兵で包囲された。城主奥平貞昌以下の兵は5百、武田軍の連日連夜の攻撃で糧倉も奪われ落城寸前であった。 (写真をクリックで拡大)
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                          長篠城本丸跡
この急を岡崎の家康への伝令として、鳥居強右衛門が夜半重囲を脱して使命をはたし、再び城中に入ろうするも捕らえられた。武田軍は助命と恩賞を条件に、城中に向かって「援軍来たらず」と報告するよう強要。しかし鳥居強右衛門は、裏をかいて大声で援軍の近いことを告げ、ついには磔にかけられた。
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            長篠城址                 本丸の土居と堀

そして最強の騎馬軍団を率いる武田勝頼軍、馬防柵と足軽鉄砲隊を前面にした織田・徳川連合軍との戦いが始まった。
この戦いを境にして織田信長は天下統一へ、武田勝頼は滅亡へと・・・。

長篠・設楽ヶ原の合戦で、武田勝頼に武将馬場信房らが決戦を避けて甲斐に帰陣するよう諫言するが、勝頼に聴き入れられなかったのを悲嘆し、諸将がこの大通寺の井戸に集り、その水をかわし合って訣別の盃として出陣して行った。
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          大通寺                        大通寺盃井

長篠城の北約800mに位置する医王寺。その背後に小高い山があり、そこに武田勝頼の本陣があった。
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       医王寺山門         医王寺境内            馬場信房の墓

設楽原歴史資料館屋上から、古戦場方面を眺めることができ、そこに馬坊柵が見えた。
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   設楽原歴史資料館     騎馬軍を防いだ馬防柵      歴史資料館のサクラ

帰途、豊川桜淵公園に寄り、美しい桜を見ることができた。
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現地の説明員の話から、長篠合戦のすさまじさを知る一日となった。

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2010年4月 4日 (日)

春爛漫

浜北不動寺のミヤマツツジは既に終わり、満開の桜の下、花まつり大祭が行われていた。静かな境内も今日は、参拝者や行楽客で賑わっていた。
 (写真をクリックで拡大)
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                花まつり大祭の行われた不動寺境内
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        本堂         梵鐘「夕焼けの鐘」         本堂脇の枝垂桜
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       満開のソメイヨシノ                      枝垂桜

万葉の森公園でも、桜は満開。春に先駆けて咲いた「カタクリ」の花も見られた。
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                       曲水庭園の枝垂桜
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      カタクリの花           アミガサユリ             オキナグサ
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      ニワザクラ             ニワウメ               モモの花
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           ヤナギ                        ソメイヨシノ

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2010年4月 3日 (土)

春本番 姫様道中

桜舞う中、気賀の姫様道中が始まった。姫様、腰元、奴たちが商店街から都田川桜堤を練り歩き、往時の絢爛豪華な道中模様を再現した。

姫様道中は4月3日正午、駕籠に乗った姫様からスタート。
 (写真をクリックで拡大)
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姫様道中の先頭は露払侍が立ち先導、次に毛槍奴、道具持ちの箱持奴が続く。
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     露払侍と毛槍奴           箱持奴               警護侍

次は鈴木浜松市長扮する家老侍、姫様の手伝役の腰元と続く。
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    家老侍役の鈴木浜松市長                      腰元

姫様の後には上臈と呼ばれるお側付き、姫様の身の回り品を持つ小姓が続く。
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        姫様                上臈           大傘持奴と小姓

典医と呼ぶ医者、来客を接待する茶坊主、姫様が乗る駕籠を担ぐ駕篭奴と続く。
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     典医と茶坊主            駕篭奴               腰元

衣裳や調度品を入れた箱を運ぶ長持奴、供として従う供侍、しんがりは槍侍が務めた。
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      長持奴              供侍                   槍持

今年は、外国人の参加が見られなかったのはちょっと残念だった

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2010年4月 2日 (金)

桜競演

昨夜来の雨も上がり、桜が満開となった。

水鳥の憩う豊橋・向山大池公園周辺では、桜がみごとに咲き誇っていた。
(写真をクリックで拡大)
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                       豊橋・向山大池公園
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二川・岩屋緑地公園は岩屋観音がある広大な緑地。展望台まで登り、満開の花を楽しんできた。
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                       岩屋緑地公園
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    ヤマザクラ           展望台からの眺め              展望台

浜松・四ツ池公園の桜はようやく満開。陸上競技場の桜、池の周辺の桜もことのほか美しかった。
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                    陸上競技場周辺の桜
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      浮き見堂          水面に映える桜             

今日一日、三ヶ所で満開の桜を楽しむことが出来た。

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2010年4月 1日 (木)

函館への旅~その8(大沼湖)

函館駅からJR函館本線「スーパー北斗」に乗り20分ほどで大沼公園駅に着いた。駅舎は大沼湖と小沼湖の間にあり、2~3分歩けば大沼湖畔に・・・
 (写真をクリックで拡大)
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        大沼公園駅                      駅前に残る雪

雪一色に覆われた湖面と駒ケ岳山頂のコントラストは、素晴らしかった。
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大沼湖は、駒ケ岳の噴火で流出した泥流が山麓の渓流を塞ぎ、河水を塞き止めてできた湖。駒ケ岳は、度重なる火山爆発による荒々しい山頂部となだらかに広がる裾野も持つ山。
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             荒々しい山頂の駒ケ岳と凍りついた大沼湖

大沼湖畔から駒ケ岳を望む場所に、“「千の風になって」名曲誕生の地”という文字を刻んだプレートが設置されていた。今も湖面を千の風が吹きわたっているのだろうか。
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          大沼湖畔                    湖畔にあるモニュメント

函館からひと足のばしての旅だった。春まだ浅い北海道ならではの雄大な自然を満喫することが出来た。

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