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2010年4月21日 (水)

美しい城 掛川城

掛川古城は、今川氏が遠江を支配してころの城、掛川城天守閣からよく見渡せ、東500メートルほどのところにある。

桶狭間の合戦で今川義元が織田信長に倒されると、その子氏真は武田氏に駿河を追われ、掛川城に立て籠もった。徳川家康は長期に渡り掛川城を攻め、攻防の末、掛川城を開城させた。家康の領有となり、甲斐からの武田氏侵攻の防御拠点となった。
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                                                 掛川古城跡 (天王山)

豊臣秀吉が天下平定した後、徳川家康を関東に移し、掛川城には山内一豊が入った。
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                          天守閣

一豊は多くの戦乱により痛んだ城の改築や城下の整備を行い、このとき初めて天守閣をつくった。
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         四足門と天守閣            二の丸御殿から見た天守閣
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  天守から見た繁華街      好天時には富士山も・・・    天守から見た掛川の街   
    
美しい城も安政の東海大地震により天守閣など大半が倒壊、二の丸御殿、太鼓櫓、蕗の門などの一部を除き再建することなく明治維新を迎え、廃城となった。

二の丸御殿は様々に使用されながら残ったが、天守閣は平成6年140年ぶりに木造により再建。また、二の大手門は袋井市の油山寺山門として現存している。
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     太鼓櫓             掛川城二の丸御殿    二の大手門(油山寺山門)

掛川城の玄関前大手二の門は、明治6年の廃藩時に太田備中守の寄進で 油山寺山門となった。

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