2010年1月 7日 (木)

法多山田遊祭

正月7日、法多山尊永寺で奉納される「法多山田遊祭」を見に出かけた。
田遊祭は、室町時代からの伝承とされ、年の初めに、年間の稲作作業を模した全七段の舞い踊りで厄を払い、五穀豊作を祈願する神事である。
ユニークな舞が演じられる田遊びとして知られ、県の無形民俗文化財指定指定されている。奉納される舞は、「村方」と呼ばれる地域住民によって奉納され、境内の北谷寺(諸尊堂)で演じられる。 (写真をクリックで拡大)
X1_dsc02866 X2_dsc02854 X3_dsc02852
     仁王門              尊永寺境内           北谷寺(諸尊堂)

時代装束に身を包んだ村方衆一行の行列は、寺方衆の行列と黒門前で合流して
尊永寺本堂へ。
A1_dsc02566 A2_dsc02571 A3_dsc02582
   寺方を待つ村方衆      黒門から出る寺方衆      村方衆と寺方衆が合流
B2_dsc02593_2 B3_dsc02608_2

       本堂へ向かう寺方衆               本堂へ向かう村方衆
      

本堂前で読経の後、村方衆により舞が奉納された。
C4_dsc02643_2 D1_dsc02685_2

     
第一段清めの「太刀の舞」で幕開けし、第二段「棒の舞」、第三段「白鍬」に続く「田打ち・牛ほめ」では、野菜やお酒、弁当箱をくわに取り付けて担いだ兄弟が、ユーモラスな掛け合いを披露した。途中「黒牛」が登場し、「牛ほめ」の掛け合い後、黒牛は境内に出て大暴れし、見物客の笑いを誘った。
E1_dsc02726_2 F1_dsc02760_3 F3_dsc02764_2
      太刀の舞            棒の舞                  白鍬
G1_dsc02768_2 G2_dsc02799_2 H1_dsc02835

       田打ち              牛ほめ          種まきを模したノットウ

第五段の舞まで見て帰路についた。夕方のローカルニュースで、田遊祭りクライマックスの大矢放ちの神事と、本堂前の餅まきのシーンを放映していた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年1月 4日 (月)

和凧

今、豊橋の二川宿本陣資料館で1月17日まで、「新春遊戯 凧・独楽展」が開かれ、全国各地の凧やこまが展示されている。 (写真をクリックで拡大)
X2_img_4476_2 X1_img_4465_2
       二川宿本陣                 新春遊戯 凧・独楽展の案内

凧は、豊橋のケロリ凧、八ツ花凧、田原の祝い凧、静岡の相良凧、駿河凧、大須賀の鳶凧など、色彩、形状豊かな凧が展示されていた。
影武者や縁起物の絵柄のほか、セミや鳶の形をしたものなど様々で、400余年の歴史を持つ和凧を楽しむことができた。
A12_dsc02272 
                       豊橋のケロリ凧


   豊橋の八ツ花凧(1)       豊橋の八ツ花凧(2)       田原の祝い凧
B2_dsc02267_2 B3_dsc02268_2C1_dsc02275_2
   
   宗高凧(大井川町)        相良凧(おかめ)         駿河凧(武者絵)

C2_dsc02282_2 C3_dsc02308_2 D1_dsc02283_2

    鳶凧(大須賀町)        福助凧(東京都)          天神凧(安城)
E3_dsc02326_2 D2_dsc02320_2 D3_dsc02317_2

   孫次セミ凧(福岡県)       祝凧(鶴 島根県)       江戸奴凧(東京都)
E2_dsc02330_2 E4_dsc02315_2 E1_dsc02316_2

豊橋生まれでありながら、豊橋伝統の「ケロリ凧」など初めて聞く名称。調べても名前の由来がわからなかったが、多種多様の凧を眺めながら、新春気分を味わってきた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月 1日 (火)

晩秋の彦根城

湖北の紅葉散策の最後は、紅葉真っ盛りの彦根城。
名勝玄宮園から仰ぎみる天守は400年前の姿をとどめる名城。
(写真をクリックで拡大)
A1_dsc04006
                   玄宮園から見る彦根城

登城道を登り、廊下橋の下から天秤櫓へ・・・

B3_img_4285C1_img_4287
C2_img_4301
廊下橋(牛蒡積みの石垣)        天秤櫓           天秤櫓からの眺め
E1_img_4315
E2_dsc03986
          牛蒡積みの石垣の上にそびえる三層三階の天守閣

天守から西の丸へ・・・
F1_img_4346
F2_img_4354 F3_img_4353
    西の丸三重櫓          三重櫓内部          三重櫓からの眺め
G1_dsc03988
G2_img_4357 G3_dsc03987
                    西の丸のイロハモミジは真っ紅

内堀を行きかう屋形船に黒鳥がよりそう・・・
H1_dsc03989_2 H2_dsc03991_2 H3_img_4372

名勝・玄宮楽々園
I1_dsc04002_2 I2_img_4397_3 I4_dsc04008_3

      臨池閣              鳳翔台            龍臥橋

秋の日暮は早く、玄宮園を後にする頃はすっかり暗くなっていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月23日 (金)

時代祭

昨年は祇園祭、今年五月は葵祭。そして昨日(10/22)、京都三大祭りの最後、時代祭を見学した。
京都御所では、正午から「維新勤王列隊」を先頭に平安時代までの京都にゆかりの深い歴史上の人物役が、時代をさかのぼる形で再現された。 (写真をクリックで拡大)
A_img_3603
                  京都御苑建礼門前の鳳輦

行列は、20の列、おおよそ2000余名の大行列で再現された。
B1_img_3662 B2_img_3708 B3_img_3742
 維新勤王列(錦の御旗)     維新志士列(七卿落)     徳川城使上洛列(毛槍)
C1_img_3784 C2_img_3818 C3_img_3838

 江戸時代婦人列(和宮)     豊公参朝列(牛車)          織田公上洛列
D1_img_3877 D2_img_3896 D3_img_3916

   室町幕府執政列       室町洛中風俗列(傘)          楠公上洛列
E1_dsc03583 E2_img_3923 E3_img_3951

  中世婦人列(桂女)       城南流鏑馬列(鎌倉時代)      藤原公卿参朝列
F1_img_3960 F2_img_4006 F3_img_4014

平安時代婦人列(巴御前)     延暦武官進行列          延暦文官参朝列
G1_dsc03597_2 G2_dsc03616 G3_dsc03662

     神饌講社列             前列              神幸列(鳳輦)
H1_dsc03705 H2_img_3933 H3_blank

    白川女献花列           弓箭組列

秋晴れの下、次々に展開された華麗な歴史絵巻にうっとり・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月16日 (木)

犀ヶ崖大念仏

遠州地方の郷土芸能の一つ「遠州大念仏」。7月のお盆の頃になると、どこからともなく、鉦・太鼓の音と念仏歌が聞こえてくる。
犀ヶ崖では、毎年7月15日に三方原合戦で戦死した武田・徳川両軍の死者の供養として、遠州大念仏が行われる。今年は、寺島組(浜北)による遠州大念仏が披露された。
(写真をクリックで拡大)
A1_dsc08780 A2_dsc08741 A3_dsc08797
      頭先(かしらさき)                   頭(かしら)            双盤(そうばん)
B1_dsc08753
B2_dsc08755 B3_dsc08810
        笛                摺鉦                太鼓
頭先(かしらさき)の提灯を先頭にして、笛・鉦・太鼓に合わせて行進。哀調を帯びた鉦、太鼓の音と念仏歌が流れる中、念仏踊りが披露された。
C1_dsc08846 C2_dsc08851
D1_dsc08854 D2_dsc08859
E1_dsc08882 E2_dsc08907
F1_dsc08931 F2_dsc08985
念仏踊りが終るころはすっかり陽が落ちて・・・
G1_dsc08996

寺島組は、この秋開催される「第24回国民文化祭・しずおか2009舞台芸術の祭典『三方原合戦!!!』」に出演が決まっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月16日 (土)

葵祭

毎年5月15日に行われる葵祭は下鴨神社と上賀茂神社の例祭で、祇園祭と時代祭とともに京都三大祭に数えられている。
祭の起原は約1400年前、天皇が下鴨、上賀茂両神社に勅使を送って五穀豊じょうを祈ったのが始まりとされる。合わせて両神社に仕えた皇女・斎王(さいおう)も詣でたという。
 (写真をクリックで拡大)
A1_img_2174
                   藤花で飾りつけた牛車

好天に恵まれ午前10時半、京都御苑建礼門前南側から平安装束に身を包んだ約510人、馬36頭、牛4頭などの行列が約50分程かけ、初夏の都大路へ出発した。
B1_dsc02408 G3_img_1954
     行列を先導する乗尻                      内藏寮史生
C1_img_2079_2 I3_img_2028

        山城使                            近衛使代
C2_img_2045 C3_img_2087

           風流傘                         風流傘
D1_img_2100 J3_img_2148

             命婦                         騎女
J2_img_2121_2   

                   斎王代(千宗室家元の長女)

新緑の京都御苑に華やかな平安朝貴族の世界を見ることができた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月25日 (水)

前田利長と高岡の町

加賀藩二代藩主前田利長は、荒野に城を築き、近郊より民を集め城下町を造り、これが高岡の始まりとされている。ところが、初代藩主前田利家の死去とともに家臣団は金沢に引き上げ、まもなく廃城となり、急速にさびれた。
この状態を憂えた三代藩主前田利常は高岡商人の他所への移転を禁じ、城下町から商業都市への転換を図った。

曹洞宗瑞龍寺は、高岡の町の礎をつくった二代藩主前田利長の菩提を弔うため、三代藩主前田利常により建立された寺である。 (写真をクリックで拡大)

山門は、延享3年(1746年)の火災で焼失。現存する門は文政3年に竣工したもの。
B3_img_0224 
                      山門(国宝)
A1_img_0218_2 B5_img_0231 B4_img_0235
    総門(重文)           禅堂(重文)             大庫裏(重文)

仏殿は内部を土間床とし、天井の構造材を見せて装飾としている。
C2_img_0233
                       仏殿(国宝)
C5_img_0244 C3_img_0242_2 C4_img_0250
    仏殿の天井       釈迦・文殊・普賢の三尊         裏出口の梅鉢紋 

法堂(はっとう)は畳敷きで、手前の3部屋の前面には広縁(板間)がある。
D1_img_0246
                       法堂(国宝)
C5_img_0247 Hodonai C7_img_0252   

   法堂内部(広縁)     法堂内陣(利長の位牌)       撫仏(身代り地蔵)

瑞龍寺造営は利長の50回忌までの約20年間を要した。山門、仏殿、法堂が国宝。また、総門、禅堂、大庫裏、回廊などは国の重要文化財に指定されおり、江戸初期の禅宗寺院建築として貴重なものである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月24日 (火)

彫刻の町

富山県南砺市は、彫刻の町。瑞泉寺山門にいたる参道は両側に昔の名残りを残した家並みが続き、彫刻師の作業場もいくつかあった。  (写真をクリックで拡大)
E1_img_0164_2 E2_img_0211_2
          八日町通り                   彫刻師の作業場もある通り               
参道の先には、城のような石垣があり、大きな山門が表れた。
石垣は、強い風を防ぎ、類焼から寺を守るため文政4年に造られた防火壁だという。
A0_img_0167_2
                    城を思わせる石垣
山門は、享和元年に京都の大工柴田新八郎が棟梁となって再建した総欅(けやき)の重層伽藍造り。
A1_img_0187 A2_img_0176
       山門の先には本堂                向かって右から見た山門
A4_img_0191_5 山門の各所には数々のすぐれた彫刻や文
様が施されている。正面にある唐狭間(から
さま)の彫刻「波に龍」は、京都の前川三四
郎の作で山門が類焼に及んだとき、水を吐
いて火炎を防いだとの言い伝えがある。



A5_img_0190_4 蟇股(かえるまた)には、中国民間伝承に登
場する八人の仙人「八仙(はっせん)」が彫ら
れており、これは地元井波の彫刻師が彫り
あげたもの。
(写真は呂洞賓仙人



瑞泉寺は、勅願寺ゆえ、菊の紋章がついた勅使門がある。
B1_img_0177
                        勅使門
門扉両小脇板を飾る「獅子の子落とし」は、我が子を千尋の谷に落として育てるという、獅子の言い伝えを彫ったもの。
蟇股(かえるまた)には人の悪夢を食べるという「莫(ばく)」、虹梁(こうりょう)上には「松に鶴」の彫刻等がある。
B3_img_0182_2 B2_img_0183_2 B4_img_018q
 小脇板左は親獅子        小脇板右は子獅子      「莫」と「松に鶴」の彫刻

太子堂は本堂に向かって左側にある。太子堂の向拝の彫り物の細工は下から見るだけでも圧倒される程素晴らしかった。
D1_img_0210 D2_img_0203
           太子堂             井波彫刻の技術の高さを示す太子堂の彫刻                    

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月12日 (木)

鬼まつり

「豊橋鬼まつり」の行われている安久美神戸神明社を訪れた。
 (写真をクリックで拡大)
A1_dsc00382_2 A2b_dsc00384_2 A3_dsc00418_2

平安時代に始まり、現代まで受け継がれている。昭和55年には国の重要無形民俗文化財に指定され、毎年2月10日、11日の両日開かれる。「赤鬼と天狗のからかい」がまつりのクライマックスである。

11日の午後は、「厄除飴まき」から始まった。
B1_dsc00402_2 B2_dsc00407_3 

次は、12本の矢を射って災禍を払う「御的神事」。
C1_dsc00428_2 C2_dsc00452_2 C3_dsc00465_2

最大の見せ所は、暴ぶる神を表す赤鬼と、武神(天狗)との滑稽なやりとりを表す神事。
D1_dsc00480
E3_dsc00549 E2_dsc00558_2 E1_dsc00495_2
この神事の後、天狗にこらしめられて非を悟った赤鬼は従者を引き連れ氏子の町々を駆け回る。その際、白い粉とともにまかれるタンキリ飴は厄除けとなり、食べると夏病みしないと言われている。

「鬼まつり」の日は寒いと言われているが、この日は比較的暖かだった。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年2月 4日 (水)

はままつの芸能(5)

静岡県民俗芸能フェスティバル「はままつの芸能」、五つ目の演目は、400年以上の歴史を持つ国指定重要無形民俗文化財「寺野ひよんどり」。祭礼は1月3日、浜松市北区引佐町の三日堂と呼ばれる宝蔵寺観音堂を舞台に繰り広げられる。 
(写真をクリックで拡大)
A1_q0012517_2 A2_qsc07467_2 A3_q0012502
                昨年1月3日・宝蔵寺観音堂の様子

舞台では、数ある舞のうち、「順の舞」、「両剣の舞」と「鬼の舞」が演じられた。
B1_dsc06220 B2_dsc06254
          順の舞                            両剣の舞

圧巻は、終盤に行われた「鬼の舞」。太郎、次郎、三郎の三鬼(赤鬼、黒鬼、青鬼)が登場すると、それまでとはうって変わった荒々しい雰囲気に包まれた。三匹の鬼が集まり、また離れては舞い、手にした斧、樫の棒で、介添えの持つ松明を叩き消す様などを演じていた。
C2_dsc06296
C1_dsc06293 C3_dsc06321

静岡県民俗芸能フェスティバル「はままつの芸能」、五つの無形民俗芸能の内、現地で見たのは「寺野のひよんどり」のみだったが、終盤のクライマックスシーンを見ることができ満足した。

今回の「はままつの芸能」に参加して、伝統芸能の伝承に地域全体で取り組んでいる様子が披露され感銘した。現地でじかに見る機会を持ちたいものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)