2009年10月 4日 (日)

手筒花火

秋祭りたけなわ。3日、豊橋市羽田八幡宮で「羽田祭」が始まった。神社に着いたのは五時過ぎ、大筒は、既に各町内からみんなで担がれて、神社に練り込まれていた。
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                 羽田八幡宮                        各町内の大筒

五穀豊穣を祈願して約700本もの勇壮な手筒花火を奉納。東三河地方独特の手筒花火は、火薬を詰めた1本4~5キロの手筒を男達がからだの脇に抱えもって行われた。ふりそそぐ火の粉とすさまじい爆音。最後にドーンと音がして筒の底からすざましい火を噴く。この恐怖に耐えるてこそ、一人前の大人とした認められると言う。
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                火の粉とすさまじい爆音の手筒花火
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   手筒を抱えた若者        降り注ぐ火の粉        最後に筒の底から・・・
   

大筒への点火は、竹笹に付けた花火で棒に火をつけ、これを振り回し、水という字を三回ほど書く。この振込み棒での儀式の間、火の粉を被り、大筒への着火を防ぐ役目の人がいる。火傷になることはないのだろうか。この儀式が終わると、大筒へ着火されるのだが、手筒と違い、噴き出す勢いはすごかった。
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    振込み棒の儀式         大筒へ着火            吹き出す火の粉

見ている者にも容赦なくふりそそぐ火の粉とすさまじい爆音。神社を後にしてからも花火奉納に挑む勇猛果敢な男達の姿が目に浮かでくる。 

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2009年8月15日 (土)

吉田宿本陣跡

豊橋は昔吉田の宿と言われていた。菜めし田楽「きく宗」から東へ100mほど進むと、「吉田宿本陣跡」がある。現在は鰻屋さんの敷地になっている。この場所に二軒の「本陣」が並んでいたという。 さらに本陣の向い側に脇本陣もあった。
 (写真をクリックで拡大)
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    きく宗から東を見ると・・・                     鰻屋          
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    吉田宿本陣跡          本陣跡の説明         吉田宿脇本陣跡
吉田宿本陣跡の説明には・・・ 
『ここは江戸時代、清須屋東隣に江戸屋の二軒の本陣がありました。本陣とは各宿駅に置かれ、街道を往来する大名・幕府役人・宮家・公卿など身分の高かった人達が宿泊したところです。享和二年(1802年)の書上によると、東海道吉田宿には、本陣二軒・脇本陣一軒・旅篭六十五軒があり、ここ札木町あたりは宿の中心部として最もにぎわったところでした。』とある。

吉田宿本陣跡の向い側には、和菓子の老舗「若松園」がある。
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   和菓子の「若松園」          若松園             若松園の中
本陣跡を過ぎて、東へ進むと国道、今では数少なくなった路面電車が走っている。
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   札木電停のNTT        路面電車(市内電車)         市内電車

ここ札木町あたりは今も昔も町の中心部として賑やかなところだ。
近くには「鬼まつり」の行われる安久美神戸神明社や「豊橋祗園まつり」で手筒花火の奉納される吉田神社などがある。

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2009年8月 7日 (金)

菜めし田楽

豊橋に、江戸時代より約200年にわたり、"菜めし田楽"ひと筋の「きく宗」という老舗がある。今日、お寺の施餓鬼法要の帰り、「きく宗」で菜めし田楽を・・・。
 (写真をクリックで拡大)
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白壁、格子造りの店先を入り、中庭を抜けるとお座敷・椅子席となる。
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           暖簾                           白壁
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          店内                            中庭
菜めし田楽は、大根の葉を刻んで混ぜた「菜めし」と八丁味噌をベースとした味噌ダレを塗った串焼きの「豆腐田楽」からなる。
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                       菜めし田楽

コクのある味噌ダレは程よい塩加減の菜めしによく合い、素朴な味わいを楽しむことができた。

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2009年7月20日 (月)

一面のヒマワリ

夏の花といえば、ひまわり。豊橋市嵩山町、国道362号(姫街道)沿い「みどりの風 嵩山」に出かけた。7月12日から20日までひまわり祭りとのことだった。
(写真をクリックで拡大)
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                   展望台から見渡すひまわり畑
「ひまわり迷路」をはじめ、畑の中に、農園を一望できる手作りの「展望台」もあり鮮やかなひまわりを楽しむことが出来た。
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夏の陽に輝くひまわりを見て、362号を引き返すとすぐ左側に正宗寺の参道が表れる。
鬱蒼とした森を抜け、寺の境内に入ると、静かに微笑むお地蔵様が出迎えてくれた。
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正宗寺は、二代将軍秀忠の母、お愛の方(西郷の局)の実家の菩提寺。
境内は、静寂そのものだった。

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2009年7月18日 (土)

手筒花火発祥の地

手筒花火発祥の地として知られている豊橋吉田神社で、7月17日豊橋祇園祭が始まった。写真をクリックで拡大)
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  直前の吉田神社            拝殿前              神主から・・・ 
小雨降る中、450年の伝統を誇る手筒花火が、市内8町の氏子によって奉納された。
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長さ1メートルほどの手筒花火を脇に抱えて次々と点火する。
ごう音とともに10メートル以上も噴きあがる火柱と降り注ぐ火の粉に魅了された。
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祭りは、初日の手筒花火から始まり、18日夜には神社北側の豊川河川敷で、
約1万2000発の花火が打ち上げられ、クライマックスを迎える。
祇園祭が終わると、暑い夏の到来となる。

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2009年6月21日 (日)

豊橋の夜店

昔、子供のころ夏になると豊橋では街のメイン通りで毎夜、夜店が開かれ、金魚すくい、昆虫売りや綿菓子の店がたくさん出ていた。
毎年6月になると、親に連れられ、わくわくしながら屋台を見たり、何か買ってもらったりした懐かしい思い出が残っている。 (写真をクリックで拡大)

今でも、豊橋公園で6月中の毎週金曜日から日曜日に開かれる。
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   夕闇迫る駅前大通       市電で会場へ・・・    夜店会場入口(豊橋公園)     

規模・期間とも縮小されたものの、焼そば、たこ焼きなどの飲食店のほか、金魚すくい、射的の店、お化け屋敷など約200店舗が立ち並び「縁日気分」を盛り上げている。
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夏の訪れを告げる風物詩として家族連れ、カップルら多くの市民で賑わっていた。

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2009年6月 8日 (月)

豊橋賀茂神社

賀茂しょうぶ園は、賀茂神社所有地及び市有地6,300㎡を対象に整備を始め、昭和45年に開園。
しょうぶ園の裏手に神社の入口があり、神社境内は緑の木々に囲まれた静かな鎮守の森が続く。  (写真をクリックで拡大)
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                   緑の木々に囲まれた参道
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    賀茂神社            厄をはらう茅の輪         賀茂神社拝殿

しょうぶ園に人の訪れる時期は、神社の参道でイチゴや破竹を売る露店が開かれる。
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             地元で取れた新鮮な農産物を売る露店
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  徳川家康を難から助けた潜みの大楠          境内にある神山古墳

ここ賀茂神社には徳川家康にまつわる話が多く残されている。
家康が、遠江に進出する際に賀茂神社を参詣し、武運長久を祈願している。三方ヶ原合戦後、家康は甲斐の武田信玄に攻められていた野田城を救援に向かうも阻まれ、逆に家康は武田勢に追われ、賀茂神社に隠れて危機を脱したとも伝えられている。

近くに、かたくりが咲く城趾がある。二代将軍秀忠の母、お愛の方(西郷の局)の出身で西郷氏の城があった所だ。
また、西郷氏の菩提寺である正宗寺がこの近くにある。

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2009年6月 6日 (土)

アジサイ

賀茂しょうぶ園では花しょうぶのほか、池の脇のアジサイがことのほか美しかった。
 (写真をクリックで拡大)
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池には白色・紅色の睡蓮が・・・
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まもなく梅雨の季節、アジサイには雨が似合うことだろう。

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2009年6月 4日 (木)

花しょうぶ

豊橋の北、新城・豊川に接するところに、花しょうぶの名所「賀茂しょうぶ園」がある。この春訪れた「かたくり山」に隣接したところだ。
園内は、約3万7000株のしょうぶの花が鮮やかに咲き競い、『花しょうぶまつり』も開催されていた。  (写真をクリックで拡大)
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園内の池では、花しょうぶに負けじと白色・紅色の睡蓮、池の脇では、カラフルな紫陽花が、美しさを誇っていた。
裏手の徳川家康ゆかりの賀茂神社に参拝して帰路についた。

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2009年3月23日 (月)

橘神社

豊橋の石巻西川町にある「西川城址 かたくり群生地」に至る国道362号線沿には、古い史跡が残っている。三ヶ日町本坂にある橘逸勢を祀った橘神社もそのひとつ。
(写真をクリックで拡大)
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        橘神社入口                      境内の逸勢桜

逸勢は三筆と呼ばれた書の名人であったが、政変に巻き込まれ、伊豆へ配流の途中、街道沿いのこの地で亡くなった。京から父の後を追ってきた娘は、父の供養のため尼となり、この地に留まったという。逸勢の死後、謀反の疑いは晴れ、娘は父の遺骸とともに京に帰った。その墓の跡に神社が建っている。
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        筆塚                鳥居               拝殿

本坂トンネルを抜け豊橋嵩山地区に入ると、民家の大きなモクレンと菜の花畑が目にとまった。
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また、嵩山地区には徳川家康の側室、2代将軍秀忠の生母西郷局(お愛の方)の実家(西郷氏)の菩提寺・正宗寺がある。

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2009年3月21日 (土)

かたくり山

豊橋にある通称「かたくり山」では、かたくりの花が満開となった。
浜松から三ヶ日経由本坂トンネルを抜けて程ないところ、石巻西川町に「西川城址 かたくり群生地」がある。
(写真をクリックで拡大)
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農家の方の所有地で、50年も前に、自生しているかたくりの花を見つけ、少しずつ斜面に株分けしていったという。
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かたくり山からの景色
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天気も良くカメラを片手にたくさんの人が訪れ、里山の春を楽しんでいた。

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2009年3月18日 (水)

吉田城跡の桜

昨日のローカルニュース(愛知のTV)で、豊橋公園の桜が開花したと報じていた。早速、その状況を知りたく彼岸の墓参りを兼ね出かけた。 (写真をクリックで拡大)
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 豊橋公園正門(歩兵第18連隊正門)             二の丸御殿跡の桜

二の丸御殿跡には、ところどころで桜が開花し、初々しい姿を見せていた。
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春の草花が、城跡の石垣の上に咲いていた。
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吉田城・北御多門跡の石段を下り豊川のほとりに出る。
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   吉田城鉄櫓          北御多門跡の石段            腰曲輪跡

腰曲輪跡から北を見ると、川沿いにきれな花を付けた木が・・・
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豊川と朝倉川の合流点付近では白い桜(?)が川面に映え美しい。
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                       朝倉川

静かな佇まいの吉田城跡も、一週間もすれば花見の人達で賑うことだろう。

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2009年2月19日 (木)

うめまつり

豊橋向山緑地公園にある梅林では、「うめまつり」が開かれ園児や家族連れで賑わっていた。 
(写真をクリックで拡大)
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東三河最大級の規模を誇るといわれる梅林では、白、ピンク、真紅の梅が咲き、春の訪れを楽しむことが出来た。

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2009年1月11日 (日)

豊川稲荷と狐塚

キツネが神様なんて不思議に思っていた。
豊川稲荷は、「稲荷」と称するが神社でなく寺院であり、寺号は、妙厳寺という。
「稲荷」は鎮守として祀られる荼吉尼天(ダキニテン)のこと。その荼吉尼天の乗っているキツネが荼吉尼天と同一視され、キツネを稲荷神そのものと考えるようになったようだ。
(写真をクリックで拡大)
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    三が日あけの豊川稲荷本殿                本殿の大提灯
    
本殿横から奥の院に向かい千本幟の立ち並ぶ参道を進むと、一番奥まった所に「霊狐塚」がある。豊川稲荷への祈願と成就のお礼として数多くの狐の石像が木立の中に安置されていた。
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   霊狐塚参道の鳥居        参道の狐の石像        参道脇の霊狐塚
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        霊狐塚社殿                      塚内の狐の石像
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     立ち並ぶ狐の石像に圧巻                 塚内の狐の石像

豊川稲荷に毎年来ているが、「霊狐塚」を参拝するのは初めて。日本三大稲荷の一つであることを実感をした。

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2008年12月 7日 (日)

普門寺の紅葉

静岡県と愛知県の県境、豊橋市雲谷の山の中腹にある真言宗の古刹、普門寺で、もみじ祭り(12月6日)が行われていた。 (写真をクリックで拡大)
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      仁王門            仁王門(内)              参道
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                         鐘楼門
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     鐘楼門               大師堂                 本堂
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     紅葉と四季桜           四季桜               四季桜

この日は、重文の仏像など多くの寺宝が無料公開されていた。

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2008年11月28日 (金)

鳳来寺山東照宮

二年ぶりに鳳来寺山の紅葉まつりに出かけた。思ったほど紅葉は鮮やかではなった。
駐車場から歩いて程なく絶景が広がってきた。 (写真をクリックで拡大)
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  参道からの眺め              一本松               屏風岩
東照宮への参道は、紅葉も終わりに近かった。
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しばらく進むと東照宮前に出る。
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                         拝殿
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       中門                本殿              透塀と燈籠
鳳来寺山東照宮は、松平広忠の夫人於大の方が、鳳来寺の薬師如来に祈願し、徳川家康を生んだと伝えられる因縁により、三代将軍家光が造堂したもの。

本堂の裏には太子堂と開山堂があり、右裏手には常行堂跡(鐘楼)に至る道がある。
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      鳳来寺本堂            太子堂                開山堂
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   常行堂跡(鐘楼)         近くで見る鐘楼          鐘楼近くの石仏
   
「日本三大東照宮」と称されるものは、日光東照宮・久能山東照宮ともう一社を指すのだが、もう一社が鳳来寺山東照宮という定説はないようだ。

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2008年10月 5日 (日)

夜空を焦がす手筒はなび

豊橋駅の南西、歩いて10分程のところに羽田八幡宮がある。    
ここで毎年10月の第1土・日曜に手筒花火が奉納される。(今年は10月4日・5日)

夜空を焦がす手筒はなびは、市内20ヶ町の氏子達が奉納する。1本4~5kgある東三河地方独特の手筒花火を脇に抱え打ち上げる。その迫力ある勇ましい姿は、てっきり花火職人かと思いきや、一般の人達である。 (写真をクリックで拡大)
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                           ヨウカン(羊羹)と呼ばれる片手用手筒花火

講習を受け、竹筒作りから火薬詰めまで自分自身で製造。本番!着火して安全を確認してからゆっくりと手筒を持ち上げ、真っ直ぐ高く炎を立ち上げるため腰をいれ、しっかり脇に抱え、降り注ぐ火の粉を浴び、最後に火が下に抜けるときに爆発する「はね」で終わり。
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   火の粉を浴びて・・・      しっかり脇に抱え・・・     はね(火が下に抜ける)
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    出番待ちの大筒           大筒へ着火         激しく噴き出す大筒

この祭は、五穀豊穣を祈願して始まったものであるが、成人男子の度胸試しも兼ねていて、これに参加して一人前とされると言う。
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       羽田八幡宮拝殿                       参道に並ぶ露天

豊橋には過去30数年住んでいたが、この祭りを見るのは初めて。今も続く手筒花火奉納に、東三河地方独特の歴史と伝統を垣間見た思いであった。

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2008年8月25日 (月)

正宗寺・寺宝展

正宗寺(豊橋市嵩山町)で、8月23日・24日寺宝展が開かれた。
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    寺宝展の開かれた本堂                   庫裡(寺宝展入り口)

別名盧雪寺とも呼ばれる同寺には、多くの文化財が保存されている。長澤盧雪、円山應挙の龍虎図や狩野派作品などが、本堂方丈の間、本堂裏書院、庫裡などで一般公開されていた。訪問者案内のため、檀家の人達も手伝に出ていた。
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                   波濤図(長澤盧雪)

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  龍虎図(円山應挙)        花鳥図(丸山元信)       蘭亭図(長澤盧雪)

宝物館には、寺宝として勘助愛用の茶釜が展示されていた。これは、山本勘助の生誕地がこの地(豊橋市加茂町)であったことを示すものなのだろうか?

小雨降る境内には・・・
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           芙蓉                         お地蔵さん

寺宝展会場の奥には、茶席が用意されており、一服いただき寺を後にした。

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2008年8月14日 (木)

正宗寺

8月初め、ヒマワリ畑「みどりの風 嵩山」の見学で、豊橋嵩山地区を知った。
三ヶ日から本坂トンネルを抜けてすぐ、右手に正宗寺の看板が立っている。ここから北へ暫らくいくと寺の中門がある。 (写真をクリックで拡大)
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        中門              中門(参道から)     正式名:嵩山獅子正宗禅寺

永仁年間(1293年~1299年)に宋から渡来した高僧が中国の嵩山(すうざん)と地形が似ていることからこの地を嵩山(すせ)と名づけ正宗寺しょうじゅうじ)を創建したと言われている。
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          参道                        参道脇のオオスギ

また、この寺は徳川家康の側室、2代将軍秀忠の生母西郷局(お愛の方)の実家(西郷氏)の菩提寺でもある。そのため、正宗寺の唐門には葵の紋がある。
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          唐門                          唐門の葵の紋 
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      本堂             本堂前の観音立像           境内
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      鐘楼                 庫裏             庫裏の表に咲く蓮

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今年は8月23・24日に寺宝展が開催され、文化財が一般公開されるようだ。

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2008年8月 1日 (金)

ひまわり

三ヶ日から豊橋に向かって本坂トンネルを抜けると、まもなく姫街道沿いの左側にヒマワリ畑があらわれた。 (写真をクリックで拡大)
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畑のところどころに「みどりの風 嵩山」のノボリが、真夏の空になびいていた。
ここは、地元の農家と住民のメンバーが、遊休畑の活用を目的に力を合わせて開いたそうだ。
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既に、花の美しい時季は過ぎていたが、いっせいに花が開いたさまは見ごたえがあっただろう・・・。

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2008年7月 1日 (火)

東観音寺

豊橋には、国の重要文化財に指定されている建物は、東観音寺の多宝塔と、7月に指定される豊橋ハリストス正教会聖堂がある。
  
東観音寺は、733年(天平5年)行基によって開かれたとされ、かつては真言宗の寺院であったが、その後現在の臨済宗に改められたという。
 
今より、南で遠州灘に面したところにあったが、宝永四年(1707)に起こった日本有史以来最大規模とされる宝永南海大地震(M8.4)に起こった大津波により、移転。
現在、渥美半島の太平洋側を走る国道42号線から少し入ったところにある。

山門を入ると、境内の参道は、右側は本坊エリアと、本堂・多宝塔エリアに別れる。
(写真をクリックで拡大)
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       山門            本坊に向かう山門          本堂への参道             

本坊エリアには、校倉風の宝物館、その先は方丈。
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    本坊への参道             宝物館               方丈

本堂・多宝塔エリアには、三十三観音堂、御衣木、絵馬堂、本堂、本堂の前には多宝塔がある。
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     三十三観音堂            御衣木               絵馬堂
 
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            本堂                        本堂格天井図 

本堂は、かなり古い。多宝塔は、国指定重要文化財に指定されている。
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寺の案内によれば、多宝塔は、『高さ12.15mの総素木造りで、大永2(1522)年に戸田氏の重臣藤田左京亮により寄進されたと伝えられています。建築は唐様と和洋の折衷様式で、初層には多宝如像が安置されています。』とある。

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            寺の案内                   寺所蔵文化財 の説明    

寺所蔵の文化財は、毎年8月下旬の虫干しを兼ねた寺宝展で一般に公開されているとのこと。見学したいものだ。

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2008年6月22日 (日)

路面電車の走る街

豊橋の街には、車輌全体広告となっているレトロな路面電車が走っている。駅前から、北の赤岩口、運動公園までの間約5キロである。
路面電車は「市電」と呼ばれ、豊橋の街並みにすっかりとけこんでいる。 
(写真をクリックで拡大)
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市電の歴史は古く、大正14年7月の開業。ピーク時には、全国65都市に走行していたが、現在は豊橋を含め17都市にとどまっている。

また、豊橋駅は、私鉄名古屋鉄道とJRが同居している。
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     飯田線伊那号        名鉄電車パノラマ特急        豊橋鉄道渥美線

最近は豊橋鉄道渥美線新豊橋駅を移転し、豊橋駅南口の歩行者空間から、階段等で直結し、乗り換えの利便性が向上。駅も、周辺も大分変わったようだ。

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2008年6月 4日 (水)

旅籠屋清明屋

2年程前にも、二川宿本陣を訪れた。その当時、旅籠屋「清明屋」の存在を知らなかった。今回は、たまたま「清明屋」の看板が目に入り見学してきた。
(写真をクリックで拡大) 
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        二川宿本陣                     旅籠屋「清明屋」

清明屋は本陣の東に隣接して建っている。表構えは、1階が大戸、蔀、2階は全面出格子とする旅籠屋建築の形態を持っている。東海道に面したミセの間には上部の2階部分に通ずる階段がある。

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                   清明屋の間取り

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      ミセの間             ミセの間               帳場

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    奥の通路へ            下湯殿               奥次の間

江戸時代後期から明治まで二川宿で旅籠屋を営んだ倉橋家の遺構で、改修復原工事により主屋・繋ぎの間・奥座敷等を江戸時代の姿に復原し、平成17年4月29日より一般公開したと云う。

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        本陣前の民家                   和菓子の中原屋

二川の街は、未だ旧東海道の面影を残したところでもあり、近くには、創業80年の和菓子の店「中原屋」がある。

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2008年5月11日 (日)

豊橋の近代建築

豊橋市公会堂や豊橋ハリストス正教会聖堂は、豊橋に残る主な近代建築である。
豊橋市公会堂の近くで、ひときわ目を引くのが豊橋ハリストス正教会である。 
                                         (写真をクリックで拡大)
教会の案内によれば・・・
「大正二年に建築したもので、木造銅板葺一階建て塔屋付きの聖堂で、八角平面の鐘塔の上に急勾配の八角錐屋根をのせている。装飾の少ない簡素な建築で、大正期の木造形式による代表的なハリストス正教会聖堂として高い評価を受けている。」とある。
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昭和20年(1945)の三河地震にもびくともせず、幸いにも空襲の戦火をのがれた。
今年4月、国の重要文化財に指定された。教会内には、貴重な文献、聖像画、帝政ロシア時代に渡来した多くの美術工芸品が完全な形で保存されているという。

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                   豊橋市公会堂                                        街を走る市電          

一般公開時には、是非参加したいものだ。

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2008年1月 3日 (木)

豊川稲荷

今年もまた、初詣は豊川稲荷。「稲荷」というから、神社かと思えば、ここは、「妙厳寺」 という、曹洞宗の禅寺だ。でも、咜枳尼眞天(だきにしんてん)というインドの神様が、この妙厳寺の守護神とされ祀られているとのことだ。 (写真をクリックで拡大)
 
大本殿前の島居の前は大勢の人が参拝を待つ、いつもの正月風景が見られた。
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寺院らしく、総門、山門をくぐれば、境内には鐘楼がある。
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       総門                 山門               鐘楼
  
参拝をすませ、千本のぼりの参道を通り、奥の院へ。
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 奥之院参道の千本のぼり      禅堂(万燈堂)       奥の院拝殿

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       弘法堂              大黒天堂              景雲門

豊川稲荷は、今もなお、神と仏が仲良く祀られている、珍らしい寺院である。

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2007年3月16日 (金)

普門寺

静岡県と愛知県の県境、豊橋市雲谷の山の中腹に真言宗の古刹、船形山普門寺がある。奈良時代に行基が開山したという。 (写真をクリックで拡大)
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A_dsc04038_2 船形山は標高250m~450mの山々が連なる弓張山地(湖西連峰)にあって、このあたり一帯は豊橋自然歩道として縦横の登山道が整備されている。
この普門寺から上るルートもあり、山頂にはカタクリの群生地がある。

   

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     本堂(観音堂)            大師堂            普門寺の大杉    

仁王門の前のマンサク、山桜が美しかった。
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2月10日に訪れた、真言宗の古刹、赤岩寺とは湖西連峰を挟んで南側に位置する。

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2007年2月10日 (土)

赤岩

50数年前当時、小学生の遠足の定番は赤岩であった。豊橋のはずれ、多米峠に近い所に位置する。
そのころの記憶では、仁王門を入るとすぐに本堂があったが、今は、朱塗りの中門の奥には鐘楼と本堂、愛染堂などがある。
(写真をクリックで拡大)
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            仁王門                        仁王様
   
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              中門                          鐘楼

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            赤岩寺本堂                     愛染堂

今まで、通称「赤岩」と呼ぶだけで寺の名前も定かでなかったが、今回訪れて、寺名を赤岩山赤岩寺(あかいわさんせきがんじ)と云う、真言宗の寺であり、江戸時代には吉田藩主歴代の祈願所として藩主より保護を受け、栄えていたことなどを知った。

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2007年2月 2日 (金)

向山緑地内梅林園

豊橋向山緑地内に梅林園がある。以前からその存在は知ってはいたが、園内に入ったのは、初めてだ。樹齢約35年の早咲き、遅咲きの梅、27種類が420本ほど植えられているとのこと。(写真クリックで拡大)

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やさしい香とともに、白、ピンク、真紅の花が開き、一足早い春の気分を味わうことができた。

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2007年1月 1日 (月)

初詣

今年も豊川稲荷へ初詣に出かけた。何時ものように本殿には大勢の人が参拝していた。
「稲荷」と称するが神社ではなく寺院であり、正式には寺号は妙厳寺(曹洞宗)と云う。でも、本殿の正面参道に立派な石造りの鳥居が立っているのを見ると豊川稲荷の略縁起は神だろう。
(写真をクリックで拡大)
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         豊川稲荷大本殿                大祭に灯のともる大提灯

参拝をすませ、奥の院へ。奥の院に通ずる参道の両側に祈願の千本幟が立ち並び、その奥に弘法堂、景雲門等の堂塔があった。
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             景雲門                        弘法堂

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         奥の院本殿                   本殿の梁の登龍・下り龍

明治初頭の神仏分離の嵐が吹き荒れるまでは、神と仏とがどんな姿で共存して来たのだろうかと、ふと思った。

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2006年11月21日 (火)

鳳来寺山

鳳来寺山の紅葉を見に出かけた。今が見ごろ。
真っ赤な葉、黄色の葉が見事なグラデーションを作り上げていた。
(写真をクリックで拡大)
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東照宮にいたる参道から眺めた鐘楼と、近くで見た鐘楼
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東照宮の入り口に、「東照宮は、日本の三東照宮の一つであり、松平広忠の夫人、伝通院於大の方が、鳳来寺薬師如来に祈願して、家康が生まれたと伝えられ、その因縁により3代将軍家光が造営した」としるしてあった。中には葵のご紋入りの石灯篭が(近隣の藩主から寄進されたもの・・・)
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奥の院の岩壁には人影が。 眼下には麓の集落が・・・
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2006年8月 6日 (日)

吉田城

昭和29年春、産業経済の復興進展をテーマにした豊橋産業文化大博覧会吉田城址の豊橋公園一帯で開催された。
当時、街中は博覧会一色に塗りつぶされた。会場には特設館が建ち並び、子供遊園地・動物園・児童科学館・開発光学館・物産館・食品館などが人気を集めていた。
テレビ放送も始まったばかりで、名古屋のテレビ塔はなく、名古屋からの弱い電波を辛うじて受信し薄暗い会場で映し出していた。
また、LPレコードも珍しい時代で何度も展示会場に出かけたことがつい昨日のことのように思い出された。(写真をクリックで拡大)

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C_dsc02558_2 公園を歩いていると、もう50数年前のことだったとのかと感慨深いものがあった。
奥の豊川沿いには博覧会を記念して建てられた隅櫓と石塁・掘・本丸城郭が残っている。

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2006年8月 3日 (木)

豊橋市公会堂

豊橋市は明治39年8月1日(1906年)に全国62番目の都市として産声をあげ、平成18年(2006年)で100周年を迎えた。
市の中央部には豊橋市制施行25周年を記念して建てられた豊橋市公会堂がある。昭和6年に建設された、歴史ある建築物。
大階段・コリント式列柱による玄関ロッジア・両脇の階段室が堂々たる正面ファサードをつくる。階段室の半球ドームと四方に配置された羽ばたく大鷲がシンボル。
静岡や浜松の公会堂を手がけた浜松市出身の中村與資平氏の設計になる。が静岡、浜松は、既に解体され現存するのは豊橋市公会堂だけである。
(写真をクリックで拡大)

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なお、1928(昭和3年)竣工の静岡銀行浜松営業部本館も同氏によるもので、昭和20年に空襲の被害を受けたが修復され、ほぼ原型を保っているとのこと。

公会堂前には「市電」の愛称で親しまれている路面電車が今も走っている。通勤や通学、買い物などに向かう市民の足として活躍している。全国でも数少なくなった民営路面電車である。

E_dsc02570_1 マンホールにも市の花つつじ・市公会堂・市電をデザインしてあり、街中を歩いていても楽しい。

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2006年1月12日 (木)

二川宿本陣

今日(1月12日)豊橋からの帰路、二川にある復元・改修された二川宿本陣と本陣資料館を見てきた。

本陣は江戸時代に大名・公家・幕府役人などの身分の高い人々が宿泊したり休憩する施設であり、参勤交代制度が始まったころから整備された。
大名の宿泊施設として利用されるようになると建物が書院造で門と玄関を備え、上段の間を有する広大な規模となった。
二川宿本陣の経営は後藤家・紅林家そして馬場家へ代わり明治維新まで続いた。

明治になり本陣が廃止となり、馬場家も以降は醸造業を営むようになったと云う。
また、馬場家から土地と建物を寄付された豊橋市は改修復原工事により主屋・玄関棟・書院棟・土蔵等を江戸時代の姿に復原し、併せて関連資料を展示する二川宿本陣資料館を建設した。「本陣間取図」

二川が江戸時代には東海道53次の、江戸日本橋から数えて33番目の宿場町として栄えた往時の姿を見たおもいである。
写真をクリックで拡大
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     二川宿本陣               表門               式台

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       玄関               上段の間              東土蔵

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2005年6月 6日 (月)

豊橋賀茂菖蒲園

6月に入り花菖蒲の見ごろと聞き、豊橋の賀茂菖蒲園に出かけることにした。自分で出かけるには、場所もおぼつかないので、連れて行ってもらうことにした。
今日は日曜日で、近くの旭精機の工場の駐車場が開放されていた。(地域への協力がすばらしい。)しかも、駐車場は無料で、菖蒲園も無料なのである!!

菖蒲園に足を踏み込むと、大きいのに驚いた。聞くところによると、300種類、37000株が植えられているとのこと。
おかげで、ゆっくりと菖蒲の鑑賞ができた。その脇からは賀茂神社の参道につながり、お参りもできた。
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2004年11月20日 (土)

2004年の紅葉(鳳来寺)

今年の紅葉は昨年より少し遅れているようです。
毎年11月初旬には鳳来寺山(愛知県)に紅葉見物に出かけます。
今年は11月9日に出かけましたが、ところどころに紅葉が見られま
したが、昨年ほど艶やかではありませんでした。
今日からは暫らく近場の紅葉をデジカメで撮って来ますので参考に
してください。

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