深まりゆく森の秋
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たびたび足を運んでいる森林公園に、知らなかった三番池がある。この池に行くには、森林公園会館の道をはさんだ東側から自然観察の道を下りていくと谷に出る。さらに谷を下りると湿地に出る。その湿地近くの渓流が流れ込むところが三番池。
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自然観察の道 湿地には散策路が・・・
三番池には、釣り人が・・・
三番池 三番池には釣り楽しむ人が・・・
今、湿地ではミズギボウシ、ミソハギ、サワシロギク、ノリウツギ、サギソウなどが見頃だ。
ミズギボウシ ミソハギ
サギソウは第七駐車場近くの湿地保存地区に比べると少なく、湿地の奥深くに。
サワシロギク ノリウツギ サギソウ
三番池周辺では、トンボが数多く飛び交っていた。
シオカラトンボ キイトンボ ハグロトンボ
広い森林公園、まだまだ知らないところばかり。季節毎に姿を変えていく自然は本当に見ごたえがある。
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浜北尾野地区第二東名下の西ノ谷池を北に進むと、静岡県立森林公園第七駐車場に出る。駐車場に隣接したスポーツ広場のすぐ近くに、湿地特別保護区がある。
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西ノ谷池と第二東名 湿地特別保護区
湿地では純白なサギソウが数多く咲いている。今にも翔び立とうとするサギのようだ。
サギソウ
湿地の中に小さなトンボを発見。近くに散策していた方が、珍しいハッチョウトンボだと教えてくれた。(アカトンボの中で一番小さいとか・・・)
ハッチョウトンボ
散策路の周りにはサワシロギク、ノリウツギ、ヌマトラノオ等の花が見頃を迎えていた。
サマシロギク ノリウツギ ヌマトラノオ
森林公園で湿原に咲くサギソウやハッチョウトンボを見られるとは思ってもいなかった。
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浜北尾野にある金刀比羅神社から徒歩で6分ほどのところに、高根神社がある。神社のある高根山(海抜135m)付近は、古墳の多いところとして知られている。
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表参道の鳥居 金刀比羅神社からは・・・ 裏参道
神社を紹介している小冊子の中で・・・
『高根神社は、1千年有余年前からまつられ、はじめは多賀神社といわれていた。その後明治の初めまで観世音を併せまつり、高根山観音とも呼ばれていた。現在の高根神社拝殿は、足利時代の文亀二年(1502年)茅葺、丸柱、総欅造りで再建築されたものといわれている。昭和59年屋根を銅葺に改めるとともに、土台なども補修した。
格天井の絵は江戸末期に補修した時のもので、それぞれの寄進者の名が記されている。
しかし、明治6年(1873年)神仏分離により、観音像は大宝寺脇の観音堂に移され、古の神社の姿に戻った。』と記されている。
高根神社拝殿裏にある岩の上のお社は、向かって右が高根神社本殿、左が岩本神社で、高根神社の守護神とされているが、その名が示すように、古の巨石信仰の名残と思われる。
岩本神社(高根神社の守護神) 高根神社本殿(上社)
高根神社拝殿(下社) 岩板の上から眺めた拝殿
拝殿正面 格天井図(江戸末期)
明治6年(1873年)神仏分離により、観音像は大宝寺脇の観音堂に移された。
大宝寺山門 大宝寺本堂 観音堂
山頂には露出した古墳があり、6世紀中期のものとされている。
山頂の高根山古墳 高根山古墳の正面
その昔、高根山の麓は荒れ狂う天竜川が幾筋にもなって流れていたという。
奈良、平安の時代には、京より東国への街道は高根山の麓を山添に通じていたのであろうか?
静かな境内から、浜北・浜松の街並を眺めながら、遠い昔に思いを馳せるのもよいものだ。
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静岡県立森林公園へは、152号線を北上し、森林公園の案内標識に従い左折する。
そして大宝寺を横に目みて、森林公園の入り口尾野線からはいる。まもなく金刀比羅神社表参道の鳥居が見える。ここを通る都度、参拝したいと思っていたが、高い石段を登るのを躊躇して実現しなかった。
最近、第二東名工事の関係で、途中から車で裏参道に進入できるようになった。早速、森林公園に出かけたおり、金刀比羅神社によった。
山頂の境内には、本殿・祓殿、多賀神社、寄宮、神楽殿、水屋などが整然と建っていた。また数多くの常夜灯が目についた。 (写真をクリックで拡大)
裏参道入口の金刀比羅神社境内案内
境内の案内板によると・・・
神社はもともと大宝寺境内にありましたが、火災の後、今の場所に
移り、順次社殿が建てられました。浜北で江戸時代の神社建築が
このように、まとまって残っているのは他になく、貴重なものです。
また、毎年十月十日の祭礼に奉納される神楽は、安政三年(1856)
から始められました。
江戸時代の建物
祓殿 天保三年(1842)
社務所の一部 嘉永五年(1852)
神楽殿 安政四年(1857)
拝殿 文久三年(1863)
多賀神社 元治一年(1864)
とある。
境内全景(正面) 境内全景(駐車場から)
祓殿 祓殿内
本殿(拝殿) 本殿内
神楽殿 水屋
多賀神社 寄宮 木之葉神社
静かな神社も、秋の大祭には、境内の神楽殿で地元女子児童の神楽舞が奉納され、また、夜には屋台を引き回す若連の威勢のよい声が町内に響くという。
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浜北の森林公園には、時々運動のため散策に訪れる。未だ数える程しか来ていないので、どこに何があるのか判らない。途中で、珍しいものを発見するのも楽しいものだ。先日も、空の散歩道(つり橋)に行く道を左(右はつり橋)に上がって行き「将軍塚古墳」の案内を見つけた。 (写真をクリックで拡大)
田村神社の案内 将軍塚古墳の説明
そこには、立て替えたばかりの真新しい田村神社があった。古い島居には大正11年4月8日とあった。
田村神社島居 真新しい社殿
古墳は社殿裏にあり、径11mの円墳で、長さ5m、幅1.6m、高さ1.5mの横穴式石室で、現在は埋まっている。また古墳の上には、神社の名前の由来の「田村将軍俊仁」の碑と「袖浦大神」等の碑があった。
田村将軍俊仁の碑 袖浦大神碑
この地方には、坂上田村麻呂将軍と袖ヶ浦の赤蛇にまつわる伝説(袖ヶ浦伝説)があり、天竜川の治水がいかに大変だったかを物語っている。
浜北市街
神社から眺める浜北市街。夜景は素晴らしいだろう。
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