2009年6月29日 (月)

可睡斎

萬松山可睡斎は、遠州三山一つであり、法多山尊永寺、医王山油山寺ともに、袋井市にある寺院だ。 (写真をクリックで拡大)A1_img_2629_2
                       可睡斎山門

可睡斎の由来説明によると・・・
「およそ600年前に開かれた曹洞宗の寺。11代住職は幼い家康を戦乱から救ったことがあり、後に家康が浜松城主になった時、報恩の為に城に招かれたその席上、コックリコックリと居眠りを始めました。その姿を見た家康は、和尚の安らかな親愛の心を悟り、和尚に「睡る可し」と言い、「可睡和尚」と愛称せられ、寺号も東陽軒から可睡斎と改めた。 」とある。
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    法堂(本堂)           法堂(本堂)              掛川藩主の墓

また、可睡斎には秋葉総本殿があり、全国の火防守護の総本山として信仰されている。
もともと秋葉山にあった秋葉寺は火防祈願の道場として万民信仰の中心であったが、明治初年の神仏分離により秋葉神社の別当・秋葉寺は廃寺となった。その折、秋葉三尺坊大権現ならびに秋葉寺に付帯する一切の物件はことごとく可睡斎に移され、可睡斎をもって秋葉総本殿となった。
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              秋葉山総本山三尺坊大権現御真殿

廃寺になった秋葉寺は、信徒の強い要望によって、明治13年再建され、秋葉山の中腹の杉平にある。
                                              
この地を訪れたとき、必ず立ち寄る店がある。
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可睡斎の程近くにありフィレンツェ風の洒落た店。自家製のパスタが逸品だ。

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2009年2月 9日 (月)

厄除祈願

立春明けの日曜日、家族の厄除祈願に出かけた。天候にも恵まれ、参拝に訪れる人が多かった。何時もながら、愛知県からの参拝者が多く、法多山信仰の強さがわかる。
 (写真をクリックで拡大)
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                       本堂                         
本堂の右側にある北谷寺には、大きな歩兵第18連隊出軍の図が架かっている。
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       北谷寺(旧本堂)                    旧本堂内部
歩兵第18連隊は、明治18年より昭和19年グアムで玉砕するまで豊橋におかれていた。古より、三河地方とのかかわりの強さを示しているのではないかと思った。
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     歩兵第18連隊出軍之図              格天井と十二支方位盤

祈願を終え、階段を下りる途中、「行者窟 岩屋観音」があり、中を初めて見た。
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       行者窟 岩屋観音                   行者窟の内部
  

桜の季節には、また訪れたい。

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2008年2月11日 (月)

法多山

今年も立春明けの最初の日曜日に、家族の厄除け祈願に出かけた。前日の雨も上がり晴天となり、参拝に訪れる人も多かった。本堂までは石段を登って行くも、息切れもせず辿りつけたことに感謝し、新たな年の安全と健康を祈願した。
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      仁王門                黒門               尊永寺本堂

本堂右手にある遠江三十三観音第五番札所の北谷寺と堂内の様子R0012776_2
           
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      出世大黒天            歩兵第18連隊出軍の図         賓頭盧尊者

寒さが残る参道も、あと一ヶ月余りすれば、美しい桜でおおわれるだろう。

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2007年12月 5日 (水)

初冬の油山寺

6月に訪れた、医王山油山寺に再度出かけた。山門から礼拝門に通ずる参道は美しい紅葉が秋の終わりを告げていた。 (写真をクリックで拡大)
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薬師本堂に向かう参道脇の滝堂は、木立から差し込む光で神々しさを醸し出していた。
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           滝堂                            るりの滝

参道を進むと三重塔と大師堂、石段を上がると静岡県指定文化財の薬師本堂がある。
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          三重塔                           大師堂

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     薬師本堂              本堂内部           本堂からの鐘楼

早朝に訪れたので紅葉の時期でも、静かにじっくり散策できた。

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2007年6月16日 (土)

油山寺

可睡ゆり園の帰りに遠州三山のひとつ医王山油山寺を訪れた。
山門を入り、正面の礼拝門を通り、宝生殿へ。さらに、自然の多く残る参道を進むと、国指定重要文化財の三重塔がそびえ立っていた。その奥の石段を登り、本堂を参拝。
(写真をクリックで拡大)
D_dsc05590_10 寺伝によれば
大宝元年(701年)に行基が創建し、石油が湧出した所から「油山寺」の名が付いたという。その後、天平勝宝元年(749年) 孝謙天皇が眼病平癒を願い、当寺の「るりの滝」の水で眼を洗浄したところ、全快したので勅願寺に定めたとされる。以来、特に目の守護、眼病平癒のお寺として信仰を集める。

        るりの滝

X4_r0010072 この三重塔は建久元年(1190年)源頼朝公が眼病全快のお礼に建立されたもの。その後、遠江国守護職工藤祐経が薬師堂と共に普請奉行をされた由緒深い塔。
木割豪壮にして層輪は強大、屋根の反り、枡組は美しく、桃山期の姿を今に伝え、桃山の三名塔の一つに数えられている。昭和42年、頼朝公が建立されて以来初の全解体修理に着手、同44年に復元竣工した静岡県最古の塔である。

山門は、
元掛川城大手門で万冶2年(1659年)井伊直好公が建立したもの。歴代の掛川城主の信仰は厚く、明治6年御維新の際、城主太田備中守が眼病全快のお礼として当山に寄進、移築されたもの。
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       山門                 礼拝門              宝生殿

本堂は、
建久元年(1190年)源頼朝公が眼病全快のお礼として寄進、遠江国守護職工藤祐経がご普請奉行にあたった建物。その後、元文3年(1738年)時の山主幸恵法印が8代将軍吉宗公に拝謁の砌病気平癒のお礼に再建寄進したとされている。
江戸中期の遺構として静岡県指定文化財に指定され、昭和46年文化庁の指導監督により修理が施されました。
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                         本堂

豊かな自然が残され深山幽谷の雰囲気が漂う油山寺は、古来より東海道を往来する旅人の信仰を集めていたという。

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2006年2月 8日 (水)

法多山尊永寺

毎年、立春を迎えてすぐに家族の厄除け祈願に法多山を訪れる。
尊永寺本堂までは石段を登って行くが、今年もスイスイと辿りつけた。
元気でお参りできて良かったとの思いと、感謝からこの一年がはじまる。
写真をクリックで拡大
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      仁王門              尊永寺本堂           本堂内の灯り

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   白山堂(法多大権現)       北谷寺(旧本堂)          弁財天堂

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2005年2月 6日 (日)

法多山

法多山へは、毎年立春を迎えると最初の休日に家族でかけます。
前年のお札を納め新たな年の安全と健康を祈願します。
今年も尊永寺本堂の厄除け祈願と厄除けダンゴを頂き帰路につきました。
あと1ヶ月余りすると参道には美しい桜が咲きます。

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