もう菜の花が・・・
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旧東海道を舞阪町に向かって進むと、町の手前約700mにわたり松並木が続く。
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東海道松並木 夢舞台道標
江戸時代、東海道30番目の宿場・舞坂宿の見どころは、舞坂宿脇本陣。往時をしのぶ町並みはないが、天保9(1839)年に建築された脇本陣「茗荷屋」の書院棟が復元され公開されている。
東海道舞坂宿脇本陣
東海道舞坂宿脇本陣案内 脇本陣茗荷屋玄関
建築時の姿をとどめる書院棟の上段の間は、庭に面した立派な部屋。
奥行きの深い大きな建物である。
下段一の間~上段の間 下段二の間 上段の間
脇本陣から数分のところに、浜名湖がある。そこに「今切の渡し」渡船場・本雁木(ほんがんげ)跡がある。ここは東海道を旅する人が一番多く利用したとろである。ここより新居へ向かう船が行き来したところ。(舞阪宿には北雁木、本雁木、南雁木の3箇所がある)
本雁木跡の案内 道標(舞坂宿→新居宿) 本雁木跡(今切の渡し)
浜名湖はかつて海とは隔てられた淡水湖だった。しかし、室町時代の大地震により、一部が海とつながった。
その部分を「今切(いまぎれ)」と呼び、江戸時代の東海道では「今切の渡し」として、舞坂と新居の間を2時間かけて船で渡っていた。
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小学~高校生時代は、ラジオを聴きながら育った。昭和のラジオ受信機の移り変わりを見て、過ぎし時代を思い起こすのも良いものと、浜名湖舘山寺美術博物館の「真空管ラジオ展」に出かけた。 (写真をクリックで拡大)
浜名湖舘山寺美術博物館 美術博物館からみえる遊園地
昭和20年代の初めの日本国内のラジオ放送はNHK第一放送・第二放送そして米軍のFEN(極東放送)のみであった。20年代の後半になり日本でも民間放送が誕生した。民間放送の一番乗りは名古屋の中部日本放送CBCで、第一声は昭和26年9月1日だった。昭和26年をスタートに、多くの民間放送が誕生した。
ちなみに静岡放送SBSは全国で17番目(昭和27年11月)にラジオ放送を開始した。浜松放送局は2年後の昭和29年12月から放送を始めた。
昭和30年代は、ラジオの多局化時代。ラジオ受信機は、感度・選択度の低い並四ラジオ・高一ラジオから高感度・高選択度の五球スーパーラジオに変わっていった。
夜間には、フェージングで聞き取りにくい遠方の民間放送を競って聴いていた。
地方では放送していなかった大学受験講座を東京の放送局にチューニングして、聴いていたのもそのころだ。
様々の形状の受信機 30年代は五球スーパー 外箱はプラのラジオ
日本での中波放送によるステレオ放送は、昭和27年12月にNHK東京第一放送と東京第二放送の2つの電波を使って右信号と左信号をそれぞれ放送で送信して、立体放送とっして放送をしていた。その後、全国で2波放送によるステレオ放送が実施された。
当時、ラジオを二台並べて立体放送なるものを聴いたが、余り立体感のなったことを覚えている。そんな立体放送も、FM放送の普及により昭和40年で終了した。
また、平成4年3月には、新方式(モトローラ方式)によるAMステレオ放送が東京・大阪の5局により開始された。
名古屋での、AMステレオ放送は、中部日本放送CBC。東京・大阪に遅れること1ヶ月の4月から開始された。
早速、東京へ出たおり、秋葉原の電気街でSONYのFM・AM STEROラジオSRF-M100を購入した。
新方式のAMステレオ放送は、FM放送に比べたら音域は狭いが、ステレオ放送を楽しめる。今でも使っているラジオの一つだ。
AMステレオ放送が、普及しなかったのは、NHKが採用しなかったからだ。
全国の放送設備をAMステレオ放送に更改するためには莫大な費用がかかるためと、既にFMステレオ放送が行われていたため。
現在は、民間放送局も限られた親局の実施のみ。ステレオ化を取りやめる放送局も出ているのは、残念だ。
浜名湖畔にたたずむ美術博物館で、暫し、往時を偲んできた。
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浜松市中区利町に五社神社・諏訪神社がある。両社ともに徳川二代将軍秀忠公の産土神(うぶすながみ)として崇敬され、絢爛豪華な社殿は国宝建造物としてその偉容を誇ってきたが、昭和20年戦禍により灰燼に帰してしまった。昭和35年に両社合祀され、現社殿は昭和57年に再建された。
特にこの神社は、赤ちゃんの名付け(命名)をしてくれることで知れている。
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五社・諏訪神社の鳥居 社殿 社殿内部
三人目の孫が誕生した。男の子は二人目だ。新しい命の誕生は嬉しいものだ。
今日、孫の父親にお供して早速、五社神社へ命名(名付け)に出かけ、複数の名前の候補をいただいてきた。
安産祈願・名付けなどの受付 社務所
姓名と画数に関する本を片手に、息子の名付けに悪戦苦闘していた三十数年前が懐かしく思い出された。
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5月3日から5日まで、浜松っ子がもっとも燃える浜松まつりだ。
祭りの2日目の夜、上島町では氏神さまで町内の初子の皆さんを祝う初練が繰り広げられた。 (写真をクリックで拡大)
多くの初子やご家族の皆さんが参加し祭りを盛り上げていた。
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